医療系情報

アメリカの医療制度の形成プロセスを記録するアーカイブ資料

2019.11.21

19世紀末から20世紀後半までに発行されたアメリカ医療関係の資料

アメリカは、世界最高水準の医療技術を持ち、世界最高水準の医療教育を提供する一方で、国民健康保険という制度が実現を見ていない先進国でも特異な国です。健康保険は近年のオバマケアに見られるように、その是非を巡り激しい政策論争が繰り広げられていますが、この問題は20世紀初頭まで遡ります。

教育や福祉などの他の領域と同様、それまで個人や狭いコミュニティの問題とみなされてきた医療は、20世紀になると国家が関心を払うべきとの考えが広まります。現在では自明のものと見なされる公衆衛生もパブリックなものとみなされるようになったのは、諸々の領域に国家や行政が手を差し伸べるようになった20世紀のことです。

アメリカではニューディール政策がこの潮流を推進する役割を担い、医療や社会保障の分野で様々な法整備がなされましたが、国民健康保険制度は実現が見送られました。その後も国民皆保険の実現に向けて改革が試みられますが、実現は阻まれてきました。ここには連邦政府の介入を警戒する建国以来の政治理念、連邦政府、州政府、政党、アメリカ医師会、病院、学術団体、企業、労働組合、営利保険会社、非営利保険提供者等、様々な団体、関係者の利害対立など、政治的、社会的、イデオロギー的な集団力学が働いてきました。

アメリカの医療の歴史を論じることは、様々な製薬品が開発され、医療技術が進歩した歴史を進歩史観によって単線的に描くことに止まらず、医療を巡る利害対立、その利害対立の背景をなす国家や政府の役割を巡る理念やイデオロギーの対立に分け入り、現在のアメリカの医療制度が形成されてきた複雑なプロセスを明らかにする試みです。アメリカ医療史、公衆衛生史において人文社会学や歴史学のアプローチが求められる所以です。

19世紀末から20世紀後半にかけてのアメリカ医療関係の資料群

センゲージ ラーニング社Galeが提供する“Public Health Archives, Public Health in Modern America, 1890-1970”は、19世紀末から20世紀後半に至る時期に発行されたアメリカ医療関係の資料約6,800点を電子化してご提供するものです。

原資料はニューヨーク医学アカデミーと米国国立公文書館の所蔵のものです。ニューヨーク医学アカデミーは医療と公衆衛生関係資料の所蔵機関としては質量ともに世界屈指の水準を誇ります。医療と人文学と技芸を架橋するとの方針の下で蒐集されるその資料は、狭義の医療史、公衆衛生史だけでなく、広く人文社会学や歴史研究者にとって垂涎の資料群です。

本アーカイブにはパンフレットが多数収録されていますが、パンフレットは、いつの時代でも革命や改革の時代において人々が自らの主張の正当性を訴える最良の手段でした。

これらの資料を通じて、医療に関わる団体や人々がどのようなロジックやレトリックを用いて自らの正当性を訴えたのか、その生の声を聞き取ることができます。

  • 収録資料: 書籍パンフレット等約6,800点
  • 総ページ数: 560,000ページ
  • 収録期間:1890年代から1970年代まで(一部その前後の刊行物も含まれます)
  • 原資料所蔵機関:
    • The Library of Social and Economic Aspects of Medicine from Michael M. Davis( ニューヨーク医学アカデミー)
    • Selected Publications on Public Health from the New York Academy of Medicine(同上)
    • The Committee on Public Health of the New York Academy of Medicine: Correspondence, Reports, and Document(同上)
    • Records of the Children’s Bureau, 1912-1969(米国国立公文書館)

収録コレクション

The Library of Social and Economic Aspects of Medicine from Michael M. Davis

米国の医療経済、医療政策研究のパイオニア、マイケル・マークス・デイヴィス(1879-1971)の寄贈になるコレクションです。

若い時から社会問題に関心を持ち、移民や貧困層への支援活動に携わっていたデイヴィスは、ボストン診療所の所長に就任、医療制度の体系的な研究に打ち込みました。その後、ジュリアス・ローゼンウォルド基金の医療部長として診療制の研究に従事、この研究が後に前払い診療方式のブルークロス制の創設に繋がりました。また、医療経済学研究委員会を創設し、医療経済学の各方面の研究助成にリーダーシップを発揮する傍ら、フランクリン・ローズヴェルト政権の社会保障法法案、国民健康保険の実現を訴えるトルーマン大統領の教書の起草など、政策立案にも積極的に関与しました。

デイヴィスが生涯に蒐集した研究資料は1962年ニューヨーク医学アカデミーに寄贈されました。40万ページに及ぶコレクションは米国公衆衛生関係資料としては有数のコレクションとみなされています。

コレクションは「医療経済学と医療社会学」、「合衆国の医療制度」、「法制度と法的側面」、「団体」、「諸外国の医療制度」、「人物」、「付録」の7部で構成されています。

Davis, Michael M., editor. “Publications Collected by Michael M. Davis: Medical Care Plans, 1930-1936, Volume 20”
Vol. 20, 1930-1936.

Selected Publications on Public Health from the New York Academy of Medicine

ニューヨーク医学アカデミーが所蔵するパンフレットコレクションから公衆衛生関係のパンフレット約2,200点を精選収録します。健康保険、疾病、精神衛生、喫煙・アルコール依存・薬物依存、性とセクシュアリティなど広範囲の主題を扱います。

Blodgett, Harold G. “How You Can Help Make Your Hometown a Better Hometown”
National “Clean up and Paint up” Campaign Bureau, May 1912.

The Committee on Public Health of the New York Academy of Medicine: Correspondence, Reports, and Documents

ニューヨーク医学アカデミー公衆衛生委員会は1911年の創設以来、ニューヨーク市衛生局と連携し、諮問機関として同市の保健行政において重要な役割を果たしてきました。公衆衛生委員会の活動内容は、委員会議事録、委員により執筆された書籍、パンフレット等に反映されています。

約2,300点を収録する本コレクションは、健康保険、精神衛生、優生学、労災保険、コミュニティ医療、住宅問題、グループ医療、高齢者医療、リハビリテーション、妊娠中絶、薬物使用、栄養、性犯罪、監獄、売春、退役軍人、軍事衛生など広範囲の主題に関する資料を収録します。

“The End of Life: Guidelines for Health Professionals Concerning Death Certificates, Autopsies, and Organ and Tissue Donations. 6th ed.”
The New York Academy of Medicine, 1994

Records of the Children’s Bureau, 1912-1969

1912年タフト大統領により創設された児童局は、児童福祉に関わる連邦政府初の省庁として、母子保健、児童労働、孤児、少年犯罪、少年司法、家族の生活保障、児童虐待、養子制度など、児童に関わる諸問題に取り組んできました。

米国国立公文書が所蔵する本コレクションは、1936年から1942年までの各州およびプエルト・リコにおける母子保健に関する報告書、各州の報告書の他、母子の疾病や死、疾病の予防・治療、法制度、保健政策等に関する報告書、論文、書簡(収録文書数合計約1,700点)収録します。

“Child Health Day Activities, 1936-1944”
Records of the Children’s Bureau, 1912-1969: Maternal and Child Health

アメリカの医療というアクチュアルな問題を歴史的に考察するための資料として、また日本をはじめ他の国々の医療の現状を相対化するための資料として、“Public Health Archives, Public Health in Modern America, 1890-1970”をご利用ください。

(センゲージ ラーニング株式会社)

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