自然科学

歴史地図と現代科学の「幸福な出会い」―伊能忠敬とJAMSTEC

2017.06.19

海洋研究開発機構(JAMSTEC)に伺ったのは昨年7月。エントランスに入ってみると、地球深部探査船「ちきゅう」の模型などが展示され、まさに《海のJAXA》、枯れかけている少年心がふとよみがえったのを覚えている。

2014年に出版した『伊能図大全』全7巻の販売活動をしている中で発見した、歴史地図と現代科学の第一線との「幸福な出会い」、それこそが一昨年末に発売した『デジタル伊能図』の企画の原点だった。

今回の取材は、刊行から間もない時期に『デジタル伊能図』をご購入いただいたJAMSTEC地震津波海域観測研究開発センター技術研究員・今井健太郎さん。わざわざ会議室にご案内くださり、大画面で画像データを映しながら解説していただいた。

まずは概略から「巨大地震は数百年に一度という周期でしか起らない。したがって、津波の浸水域や被害状況などを検証するためには、どうしても歴史時代に遡る必要がある。今回は1854年に起きた安政東海・南海地震における、津波の再現解析に『デジタル伊能図』の海岸線データを使用している」とのこと。「安政東海・南海地震」といえば、ここ30年の間に70%の確率で起こると言われている 「南海トラフ地震」とほぼ同じ震源域である。

具体的には「例えば、和歌山県の由良浦や大地町など、小さな港町でも漁場をつくるなどの人工改変が行われており、海岸線や地形が変化しているところも多い。そこで200年前の海岸線や簡単な土地利用状況を復元できないと、過去の津波などによる浸水域を再現することは難しい」。ちなみに伊能大図は1/36,000の縮尺で製作されており、当時の地形を詳細に確認することができる。

さらに200年前の地名データも活用されていた。「江戸期の地名もかなり詳細に記されていて、古文書など(被害状況などの検証に使用)の資料に出てくる、現在は失われてしまった地名と現在の該当位置を結び付けることができた」、また「寺社など、当時のランドマークもおよそ記載されているため、陸域の地形(当時の標高など)を復元する目標物として利用可能だった」。地名データは、200年前のものが全国で36,747件、町村名だけでなく上記の寺社名・自然地名などで、緯度・経度情報や読み仮名やローマ字もリンクされている。

「地図は生もの」という言葉がある。通常の時間感覚とは大きく隔たるが、地形も地名も刻々と変化していく。200年前の日本の国土を、地球の一部を、現代の科学技術の現場でも有用な方法で記録した「伊能忠敬」はやはり偉大であった。また『デジタル伊能図』監修者・村山祐司筑波大学教授によると、「19世紀初頭における国土全体を精密にデジタル化した大縮尺の地図は世界的に見ても例がなく画期的データ」とのことである。

来年2018年は伊能忠敬没後200年にあたる。

(河出書房新社 七澤博史)

※2017年3月寄稿

 

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