これからの学び

ICT教育 子供たちの人生を豊かにするために【連載】ICTと学校教育

2017.08.28

他校に先駆けて様々な取り組みを行い、2014年には学校情報化優良校に認定された聖徳学園中学・高等学校(東京都武蔵野市)。本年7月には総務省がクラウド活用の先進事例や導入手順についてまとめた冊子、「教育ICTガイドブック Ver.1」にその取組が掲載され、ますます注目を集めている。
聖徳学園では全ての授業が何らかの形でICTに関わりを持ち、生徒は1人1台自分のiPadを持つ。なぜICT教育に力を入れるようになったのか。生徒への影響は。
ICT教育の現状とこれからについて、聖徳学園のICT教育を牽引し続けている、教育ビッグデータエバンジェリスト・横濱友一先生にお話を伺った。

教育ビッグデータエバンジェリスト 横濱友一先生

心を育てる聖徳学園 ― LINEの問題など激減

-ICT教育への取り組みはいつから始められたのですか?
6年前に電子黒板を導入したのが最初です。電子黒板を使っていくうちにタブレットの話が出てきて、3年前にタブレットを導入しました。今は中学生がタブレットを1人1台持っており、それ以外は貸出で運用しています。(iPad70台、MacBookPro35台)

聖徳学園さんはそもそもなぜICT教育に力を入れるようになったのでしょうか。
いつもお話していることですが、子供たちの人生を豊かにするためです。今、2020年問題、2045年問題などがありますが、子供たちが直面するその時代には、手でメモを取ったり紙の本の活字を読んだりする機会はすごく減るでしょうし、紙のお札もなくなるかもしれない。そういったアナログなものがどんどんデジタルに置き換わっていく、身の回りのものがデジタルにコンバートされていく時代に生きていく際に、子供たちが不自由を感じないようにしたい。子供たちの人生が豊かになってほしいというのが我々の願いです。今、わが校の生徒は9割方スマホを持っていますが、スマホを持っていない、使えない子供たちというのはすごく不便な思いをしていると思うのです。

今のデジタルネイティブ世代は、小さいころからPCやスマホが側にあるので、使うこと自体にはすぐ慣れるかと思いますが、インターネットは情報が玉石混交なので、情報を見分ける能力が必要ですよね。
はい、そういう能力を子供たちは持っていません。そこを育てるためにICT教育があります。聖徳学園では「心の教育」と呼んでいます。例えば、「Wikipediaは本当に正しいか?」ですとか、最近ではウェルクというウェブサイトで偽の健康情報が流れるという問題がありましたが、そういった情報を本当に正しいものかどうか判断するという能力が必要です。

また、今私たちは膝を突き合わせて話をしていますが、それもいずれスカイプに置き換わるかもしれない。そういった顔を見ずに話す場合には、意思の疎通がとても大事になってきます。今はこうやってこの場でお話しているので、身振り手振りやその場の空気感で伝わるものもあると思いますが、ネットワークを通じて話してしまうと一切通じない、アナログの空気というものがあります。それをデジタルにどう置き換えて相手に伝えるかを考えるという事が、今のICT教育の本当のあるべき姿だと思います。

よく言われる、電子黒板やタブレット導入や電子教科書といったものは、「IT教育」です。「ICT教育」というのは、間に「C」が入ります。これはコミュニケーションの略です。その「C」が他の様々な情報に比べて全く足りていない。このコミュニケーションの部分をしっかり育てていく、心の部分を育てていくというのが聖徳学園のICT教育です。

形がないから難しいですね。
はい。現在「Talknote」というコミュニケーションツールを使っていますが、中学2年生くらいになると、発言の質が上がってきます。もともと受け手のことをあまり考えない発言をしていたのが、今自分がいる空気感を相手に伝えようとする言葉が見られるようになってきます。それはすごくいいことだなと思って見ています。

それはやはり、聖徳学園さんのICT教育の成果でしょうか。
そうだと思います。他にも、例えばLINEの問題が激減するという成果がありました。いじめにつながるような大きないさかいというのは、タブレットを配布している中学生に関しては非常に減りました。子供たちも常に「Talknote」などで連絡を取り合ったりしていますので、もう身についてしまっているのだと思います。LINEなどのSNSがそういったツールではない、ということがわかってきたのだと思います。

-LINEについて話されているのですか?「こういう風に使いなさい」とか。
いえ。こういう風に使いなさい、というのは教育ではありません。今の教育は「子供たちがどう学んでいくか」という形を取っていますので、昔のように黒板で一方的に教えるという受け身の授業ではないのです。何か新しいものを使うとき、教わるのではなく、やってみてそこから学ぶというのが重要だと考えています。

(画面を見せながら)これは授業で使っている中学1年の「Talknote」の画面です。昨年度、2学期を丸々使って映画を作るという授業を行いました。班ごとに分かれて5、6人のグループを作り、全てのグループに1人先生が入るようにしています。これはクラスの中に作っているグループですが、クラス、委員会、部活のグループもあります。「Talknote」を利用するうちに、相手から訳のわからない文章が来た時も、周りの子がフォローするなど対応を心得てきました。

ICT教育の環境づくり –先生が楽しそうにやれば、子供たちも楽しくなる

内部の体制について教えて下さい。ICT教育を担う組織はどうなっているのでしょうか。
まずは何でも教員で使ってみるというのが多いですが、私は情報システムセンターに所属していて、ハードや「Talknote」などのアプリケーションを導入し、普及させるという事をしています。それをどういう風に使うか、応用していくかを検討するICT教育センター、アクティブラーニングセンター、グローバル教育センターという合計4つの組織が動いています。それぞれの肝となる教員がセンターを作っていて、そこに色々な教員を配属してもらっているという形です。基本的にそのセンターから上に上げていく形で、トップダウン方式ではありません。校長が発想して呟いたものを、教員同士でああしようか、こうしようかと相談して進めています。教員が楽しくやっていると、子供たちも楽しくなります。

端末は保護者の方が購入する形式でしょうか。
はい。学校とAppleが直接契約していますので、学校が仲介業者となって集金し、二次配布するという形です。Wi-fiモデルのiPadを購入して貰っています。

学内には全部Wi-fiの環境がありますが、帰宅後は自宅のWi-fiに繋いて利用しているのでしょうか。
そうですね、WiFi環境がないと宿題ができませんので、ご家庭で準備して頂いています。

保護者の方からの反対意見などは無かったのでしょうか。
説明会の段階でそのことはお伝えしますので、特にありませんでした。

学内にWi-fiの環境が導入されたのはいつ頃ですか?
6年前に電子黒板を導入した時に少しだけ導入していたのを、2年前に「これではタブレットの運用が出来ない」という事で整備を始め、やっと落ち着きました。現在は学内で届かないところはありません。最初の頃はもともとタブレットを運用する前提でWi-Fiを整備していなかったので、1クラス30人が同時にアクセス出来るようになっていませんでしたし、そういった仕組みも作っていなかったので、タブレット導入後本格的に1年かけて設定と構築を行いました。

タブレット購入後に本格的に設置を進めていったのですね。とてもお金がかかりますよね。
はい、タブレット、Wi-fi、電子黒板、諸々含めかなりの費用がかかりました。補助金を活用するなどしながら、計画的に進めないと厳しいと思います。

 あえてアプリのDL制限を設けない理由 –判断出来る大人を育てる為に

ところで、先程教室の時間割表に「ICT」という授業が書いてありました。どんな授業をされているのでしょうか。
1学期はリテラシー教育です。iPadを持つための心、友達とSNSで会話するときの心、本当にその情報は正しいか、ID・PWの管理について、などを一緒に考えます。あとはその時々のホットな話題を取扱います。一昨年はベッキーさんの話をしました。いくらでもあなたの情報を見ることができるんだよ、非公開は非公開ではないんだよ、無料は無料ではないんだよ、という話をしました。

端末はアプリのダウンロード制限がないとネットの記事で拝見しましたが、他の先生から反対意見等はなかったのでしょうか。
それは先生方自身がよくわかっていると思います。禁止と言ってやらせないことも出来ますが、絶対に生徒から反発が起きます。大人でも禁止されたことを全員が守ることは難しいです。大人でも我慢できない事を、ついこの間まで小学生だった中1の子が我慢できるはずがありません。それならば、使っていく過程をきちんと指導していった方が良いのではと思います。結局禁止とは、取り上げる行為と一緒です。そうすると、本当は子供たちが素晴らしい才能を持っているかもしれない、すごく輝くかもしれないという可能性をどんどん潰してしまいます。

そうではなく、正しい使い方をしたときに褒めてあげて、「こういう使い方をしたら褒めてもらえて、自分の成績もついてくるんだ、周りが評価してくれるんだ」というのが理解できれば、ちゃんとした使い方をしていくのではないかと思います。

それを教えていくところが難しいですね。
難しいです。我々も日々挑戦しています。こちらも一緒になってチャレンジしている、という姿勢が一番大事なのではないかと思っています。先生とは「皆の上に立たなくてはならない」「教えなくてはならない」というイメージですが、そうではなく、「失敗してもいいけれど、ずっと挑戦していく」という姿を見せるのが教育なのではないかと考えています。

今は上手く回っているのではないかと思いますが、やり始めの頃は大変だったのではないでしょうか。
始めたばかりの頃は、やはりこちらが予測できない事態に陥るということはありました。授業中Wi-fiが繋がらなくなってしまったり、遊んでしまったりする子も中にはいました。遊んでしまうのもある程度仕方ありません。会議中にスマホを触り、電車の優先席付近でスマホを触っている大人が大勢います。大人でも我慢できないのに子供が我慢できるわけがありません。ですが、「駄目だよ」と言うのを繰り返していくうちに、やっと正しく出来るようになるのではないでしょうか。大人は誰も注意してくれないので、いつまでも出来ません。

遊んでる子に対してはその都度「授業中なんだから」と、先生の方から言って諭していくと。
「今、それをやる時間ですか?」と注意するのを繰り返していく。それしかないと思います。

お聞きするとそうだろうなあ、と思うのですが、まだタブレットを導入されていない学校さんは「遊ぶ子ばかりになってしまうのではないか」という懸念をよくされています。
「では、ポケモンGOをやりながら運転して、小学生に突っ込んでしまう人をこれ以上増やしたいですか?」と思います。スマホやタブレットを触っていると手元に集中が行ってしまうということを大人は理解していませんし、周りの人は注意してくれません。そういった大人を作らないために、今から教育しないといけません。授業でも道路でも、「集中しなくてはならない場面」という意味では同じです。

今後の展望

お話頂き、ありがとうございます。今後の聖徳におけるICT教育について、展望をお聞かせ下さい。
展望について考えることは、あまり意味がないと思っています。明日何が発明されているかは誰にもわかりません。今の時代はICTやITが先進的すぎて、何か少し考えたら一週間後には出来ているかもしれない世界です。我々が考えている事の遥か先をメーカーが考えているかもしれないので、あまりかちっとしたことは考えていません。

ただ、出てきたものを一つ一つ精査し、これはわが校に合う、これは合わない、と情報を収集して方向性を決めていくというのが大事なのではないかと思います。ですので、「今後の展望」と決めるよりも、新しいものをどんどん吸収していくというのが、新しい教育なのではないかと思います。

 

(聞き手:紀伊國屋書店 電子書籍営業部 荒川)