これからの学び

図書館とAI研究:電気通信大学 UEC Ambient Intelligence Agora

2018.02.06

電気通信大学附属図書館(以下、「当館」という)1 では、平成29年4月に「UEC Ambient Intelligence Agora」 2(以下、「Agora」という)をオープンした。Agoraは、電気通信大学(以下、「本学」という)に設置された国立大学初の人工知能研究拠点「人工知能先端研究センター」(Artificial Intelligence eXploration Research Center:AIX,以下「AIX」という。)3 と当館との協働により構築した実験的学修スペースである。220人を収容可能なアクティブラーニングスペースであると同時に、人工知能研究とのコラボレーションにより、大学図書館の中に「アンビエント学修環境」と「AIによる自律的なインタラクションサービス」の実現を目指す世界にも類を見ない実験空間である。本稿では、Agoraの将来像と現在の取組について述べ、次稿「UEC Ambient Intelligence Agora:Agoraと協働研究」では、これからのAgoraの利活用と学内教員組織との協働について述べる。

1.Agoraの将来像

Agoraが目指す将来像は、AIが急速に社会に浸透していくことが予想される今日において、人とAIの協働によって知の創生が促される近未来の学修空間のモデルとなることである。より具体的には、「アンビエント学修環境」と「AIによる自律的なインタラクションサービス」の実現という2点に集約される4, 5

アンビエント学修環境とは、学修環境が利用者の学修行動に自動的に対応するようなものをイメージしている。例えば、利用者がプレゼンテーションをしようすると、プロジェクターの電源が入る・電動スクリーンが降りる・照明が暗くなるなどのアクションが、利用者の行動なしに行われるような環境である。現在の社会では、働き方改革を主眼にしたオフィス空間の改善のために、このような環境の導入が進んでいる6, 7。Agoraが目指すアンビエント学修環境は、様々な学修ツールを自動制御することに加え、音、匂い、光、温度など、人間の五感に作用する要素を通して、学修環境を学修者にとって最適な状態に変化させたり、発言が机や壁に投影されることでディスカッションが促されるなど、環境知能が知の創発を支援する図書館学修スペースを目指すものである。

また、AIによる自律的なインタラクションサービスとは、利用者の学修の進行度に応じて必要なサポートをAIが自律的におこなうことをイメージしている。例えば、学修のレベルに応じて適切な資料(図書・論文など)のレコメンデーションを行ったり、生データを可視化して提示するなどのインタラクションの実現を想像している。これは、現在の大学図書館司書の業務に加え、サブジェクトライブラリアンと呼ばれるより専門的な知識・技能をもとにした学修サービスをAIにより実現しようとするものであり、技術的には第5レベルの人工知能(汎用人工知能)を図書館に導入する試みである。

2.図書館とAI研究のコラボレーションとその背景

図書館は、過去その発展の歴史を遡ると、その時代の様々な技術革新を吸収して発展してきた。歴史を遡ると製紙、製本、近年ではコンピュータが導入され、検索方法がカード目録から電子目録になり、図書館が扱う資料そのものも電子化され電子ジャーナル・電子ブックとして普及が進んでいる。そして、「その次」に図書館がコミットすべき技術が人工知能「AI: Artificial Intelligence」であると考える。

図書館が人工知能(ないしは、その要素技術)とコラボレーションする試みは、決してAgoraが最初ではない。例えば、千葉大学の研究チームは附属図書館で利用者の行動調査の効率化するためにウェアラブルカメラを用いた自己推定法の実験を行なっており8 、九州大学では図書館を含む大学キャンパス内の「今の混雑状況」と「これからの混雑予測」を知らせるシステムの実証実験が行なわれている9

Agoraの構築は、アクティブラーニング空間の実現を目指す図書館と、学修行動ビッグデータを活用した汎用AIの研究開発を目指す人工知能先端研究センターの協働によって実施した。Agoraは、様々な人工知能の要素技術を導入・統合し、さらに第3次AIブームのキーポイントであるディープラーニングを加えて、汎用人工知能を図書館に導入する試みである点に特色があると考えている。

3.Agoraの現在の取組

Agoraは、図書館から得られたビッグデータがAI研究に生かされるとともに、研究成果が図書館サービスに還元されることを通して、イノベーションの循環が生み出されることを企図する。この目的の実現のために、(1)センシングシステム、(2)AVシステム、(3)アクティブラーニング環境から構成される施設・設備の整備を行った。

センシングシステム

学修スペースを46ブロックに分け、温度・湿度・照度センサー、人感センサー、CO2センサーを各ブロックに配置した(写真1)。

写真1:CO2・温湿度照度・人感センサー

(写真1)CO2・温湿度照度・人感センサー

既存ネットワークから独立した無線LANシステム「AIA-Wireless」を通じて、館内のアプリケーション端末に、センサーが取得したデータが記録・保存され、視覚化アプリケーションによってデータの推移を直感的に把握することができる(写真2)。

写真2:センサーアプリケーション

(写真2)センサーアプリケーション

さらに、取得したデータを解析するためのディープラーニングマシンがAgora隣接のサーバ室に設置されており、人工知能先端研究センター所属教員を中心とした利用が始まっている(写真3)。

写真3:ディープラーニングマシン

(写真3)ディープラーニングマシン

AVシステム

持ち込みパソコンの画面を無線でプロジェクターに投影できる、プレゼンテーション機器と連動したプロジェクター・TVモニターを複数台設置し、学生によるプレゼンテーションやディスカッションのための利用に供している。無線プレゼンテーション機器は、「AIA-Wireless」を通じて利用ができ、新設された研究施設アライアンスセンターに入居された企業をはじめ産学官連携の関係企業の関係者など学外者が、専用のツールを用いることで学内者と同様の環境で利用できるようになっている(写真4)。

写真4:プレゼンテーションツール

(写真4)プレゼンテーションツール

さらに、Agoraの天井にはネットワークカメラとマイクを設置し、サーバ室内のハードディスクに館内の様子を捉えた画像・音声を記録している。主に監視カメラの用途として用いており、サーバ室とカウンター裏に目視・確認の機能を持った端末を設置している。今後は、画像解析研究との連携により、センシングシステムと連動したアプリの開発などを検討したいと考えている(写真5、6)。

写真5:ネットワークカメラ・マイク

(写真5)ネットワークカメラ・マイク

写真6:カメラアプリケーション

(写真6)カメラアプリケーション

アクティブラーニング環境

当館の積年の課題であったアクティブラーニング環境の実現のため、220名が利用可能な什器類を整備した。什器の選定に当たっては、可動式で組み合わせができる家具であることを基本としつつ、変形の机を選ぶ場合には直線を意識し、机と机の間に不必要な空間が生まれることを避けている(写真7)。

写真7:アクティブラーニングスペース

(写真7)アクティブラーニングスペース

また、ディスカッションの際に学生が自由に書き込みできるガラス製ホワイトボードの機能を持ったパーティションを導入することで、6名~10名でプレゼンテーション等ができるセミオープンスペースを実現した(写真8)。写真8:ガラス製ホワイトボード

(写真8)ガラス製ホワイトボード

このスペースには、白板の机に投影できる据え付け型プロジェクターも導入している(写真9)。

(写真9)プロジェクター

さらに、学生へのインタラクションに用いることを目的として、机上での運用を考えた高性能の対話型ロボットを10台導入した(写真10)。

写真9:プロジェクター

(写真10)対話型ロボット

4.Agoraオープン後の効果

利用者の増加

当館は、2012年をピークとして入館者数が減少し続けていたが、Agoraの設置によりV字回復を果たした。4月から7月までの図書館の入館者数を比較すると、前年度比で約10%増加している。

様々なイベント等でのAgoraの利用

Agoraを構築して以降、これまでは図書館で実施し得なかった様々な取り組みをおこなうことができた。以下はリニューアル以降に実施した主なイベントの一部である。

名称 内容
教員によるゼミ
国大図協東京地区総会 総会のオプションとして図書館視察ツアー
「キャリア教育基礎」図書館リテラシー講義 新入生向けの選択講義「キャリア教育基礎」で、図書館の利用法について講義
渋谷学園渋谷中学校大学見学 Agora見学、栗原研究室による模擬講義
IEEE Authorship Worksho 教職員・院生・学生を対象としたIEEEへの論文投稿に関する講習会。参加者は38名
オープンキャンパス・ホームカミングデー オープンキャンパス参加者への施設開放(入試課による個別相談会会場)、OB・OGの図書館見学
夏休み 子ども プログラミング・ワークショップ 公開講座での小学生向けプログラミング講座
西東京三大学協働基礎ゼミ合同発表会 教務課主催による農工大・外大との協働基礎ゼミでのポスター発表
スマートテクノロジーフォーラム 2017:オプショナル見学ツアー 目黒会(OB・OG会)主催によるフォーラムのオプショナルツアーによる図書館見学
著作権ワークショップ 学生向けの著作権・知財セミナー
UECスクール:プログラミング学習I「micro:bitとプログラミング」 高校生向けプログラミング講座
3Dプリンタワークショップ (株)インフォコアによる学生向けの3Dプリンタ講習会
英語学習セミナー 院生による英語学修指導を行うセミナー
第60回制御計測学会 学生・企業によるポスターセッション
オープンキャンパス オープンキャンパス参加者への施設開放(入試課による個別相談会会場、障害者支援室相談会場、技官によるプログラミング講習会会場)

5.終わりに

本稿では、Agoraの将来像と現在の取組を中心にAgoraの概要を紹介するとともに、リニューアルから半年間の実績についても述べた。次稿「UEC Ambient Intelligence Agora:図書館と様々な協働」では、これからのAgoraの利活用と学内教員組織との協働を中心に紹介する。

参考文献

    1. 電気通信大学附属図書館. (オンライン),http://www.lib.uec.ac.jp/, (参照 2017-05-12)
    2. UEC Ambient Intelligence Agora. (オンライン),https://aia.lib.uec.ac.jp, (参照 2017-05-12)
    3. 電気通信大学人工知能先端研究センター.(オンライン),http://aix.uec.ac.jp/,(参照 2017-05-12)
    4. プロジェクト:コンセプトモデルプロジェクト(電気通信大学人工知能先端研究センター).(オンライン),http://aix.uec.ac.jp/2-2/,(参照 2017-05-12)
    5. 前田英作; 南泰浩; 堂坂浩二, 妖精・妖怪の復権:新しい「環境知能」像の提案(優秀論文賞,<特集>情報処理学会創立45周年記念「50年後の情報科学技術をめざして」記念論文),情報処理,47(6), 2006-06-15, http://id.nii.ac.jp/1001/00065643/,(access 2017-05-22)
    6. パナソニック株式会社「タスク・アンビエント照明」. (オンライン),http://www2.panasonic.biz/es/lighting/plam/knowledge/document/0203.html,(参照 2017-05-12)
    7. Think Lab.(オンライン),https://thinklab.jins.com,(参照 2017-05-12)
    8. 風間光,川本一彦,岡本一志.画像検索を用いた図書館内での自己位置推定,情報地理学会研究報告,Vol.2012-CVIM-182 No.27,2012,(オンライン), https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/ej/?action=repository_action_common_download&item_id=82588&item_no=1&attribute_id=1&file_no=1
    9. 九州大学、人工知能で大学施設内の混雑状況を予測するシステム「K-now」開発:キャンパス内より街での利用に期待.(オンライン),https://wirelesswire.jp/2016/08/55618/

電気通信大学のご紹介

(電気通信大学学術情報課)

※2018年2月寄稿