アメリカの非営利学術出版社Annual Reviews(日本販売総代理店:株式会社紀伊國屋書店)は、オープンアクセス推進のための新しい年間購読モデル「Subscribe to Open™」プログラムを始動しました。2020年はパイロットとして51誌中5誌からスタートしますが、この「Subscribe to Open™」プログラムとはどのような取り組みなのでしょうか。
https://www.annualreviews.org/page/subscriptions/subscribe-to-open
1. Annual Reviewsとは
Annual Reviewsはスタンフォード大の化学研究者J.ミュレイ・ラック教授により創始された非営利のアメリカの学術出版社です。現社長兼編集長リチャード・ギャラガー(Richard Gallagher, @RichardG_AR)も研究出身で、スタンフォード大近くに今もオフィスがあります。代表タイトル「Annual Review of Biochemistry」をはじめ計51分野の年次レビュージャーナルを刊行しており、各分野の最新動向に加え、周辺分野の動向を俯瞰するためのショートカットとして、世界中の多くの研究者、学生、企業の皆様に利用されています。
2. Annual Review of Public Healthの事例
2018年、Annual Reviewsは慈善団体からの寄付金により公衆衛生学のレビュージャーナル「Annual Review of Public Health」電子版についてオープンアクセスを実現しました。
当時年間購読料金の捻出が難しいアフリカなどの地域を中心にアクセス数が劇的に上昇し、Annual Reviewsは自身の学術振興の理念とオープンアクセス推進は合致すると考えました(表1)。しかし、Annual Review of Public Healthは寄付金の終了により、2019年はPaywallユーザー:年間購読料金を支払った契約機関に所属するユーザーに限定したアクセスモデルに戻りました。このような経緯を受け、Annual Reviewsとしては持続可能なオープンアクセスモデルを再考するに至りました。
<表1:Annual Review of Public Health:購読機関だけアクセスできた2016年(1年間)とオープンアクセスを開始した2018年の最初の5か月(2018年1-5月)とのアクセス比較>
|
2016年 (購読機関限定) |
2018年1-5月 (Open Access) |
機関数* |
2,000 |
9,900 |
国数 |
57 |
132 |
ダウンロード回数 |
315,145 |
1,256,177 |
*大学、およびその他の研究機関のほか、政府、州、NGO、企業、学校、病院、そして分野の特性上、刑務所からもアクセスが確認されました。
3. Subscribe to Open™とは
Subscribe to Open™とは、年間購読を必要とする電子ジャーナルをオープンアクセス出版に移行するために、既存の図書館コミュニティからの賛同と年間購読収入に委ねるプログラムです。
Annual Reviewsのレビュー論文はそれぞれのジャーナル編集委員会より招待された専門家が時間をかけて執筆しています。その中にはノーベル医学・生理学賞受賞者の56%、ノーベル化学受賞者の42%が含まれます。Annual Reviewsを購読している図書館は、すでにそのコンテンツの価値をご存知です。
また、このように執筆者を招待しているため、オープンアクセスにするためのAPC(Article Processing Charge: 論文出版料)が存在しません。Annual ReviewsはAPCによる収入が無く、会費や年次総会などの学会活動による収入もなく、収入源は年間購読料のみということから、オープンアクセス出版に移行するためには、年間購読収入をベースとする必要がありました。
Annual Reviewsはこの年間購読収入が維持される限り、当年巻号をCC-BYライセンスでオープンアクセスとします。また、バックファイルについても公開します(バックファイルはCC-BYライセンスではありません)。もし購読料金がAnnual Reviewsが想定している従来通りの収入レベル(”business as usual”)を満たさなかった場合は、引き続き電子ジャーナル閲覧には年間購読契約を必要とします。以上により、Subscribe to Open™プログラムは年間購読モデルなのです。
SSP年次総会での講演「Subscriptions and Open Access: Can They Play Well Together?」前に Ann Michael氏(@annmichael, 右), Raym Crow氏(@raymcrow, 中央), とRichard Gallagher(@RichardG_AR, 左)
4. Subscribe to Open™ 2020年パイロットプログラム
Subscribe to Open™プログラムは、2020年をパイロットとし、51誌中、5誌から開始します(表2)。
<表2:2020年Subscribe to Open™プログラム対象ジャーナル>
Subscribe to Open™は、これらのジャーナルのオープンアクセス出版へ移行するため、2020年購読料金よりあらかじめ5%割引を適用します(表3)。その他のジャーナルは、このパイロットプログラムが成功すると、2021年以降に追加を検討します。価格はTier制です。
<表3:2020年Subscribe to Open™プログラム対象ジャーナルの定価> USD=米国ドル
(電子ジャーナルの場合) |
Tier 1 |
Tier 2 |
Tier 3 |
Tier 4 |
Tier 5 |
個別タイトル購読での通常価格 |
USD 751 |
USD 709 |
USD 493 |
USD 349 |
USD 297 |
Subscribe to Open™
5%割引適用後の定価 |
USD 713 |
USD 674 |
USD 468 |
USD 332 |
USD 282 |
(ご契約価格について:表示外価を前月平均為替レートで換算した邦価に、弊社手数料および消費税を加算したものがご契約価格となります。)
Subscribe to Open™プログラムによる年間購読割引は、お申し込み時にあらかじめ適用し、仮に不成立であっても、追加請求はありません。Tierは機関とその研究活動の規模に応じAnnual Reviewsにて判定します。
5. Subscribe to Open™の可能性と課題
Subscribe to Open™プログラムは、図書館が年間購読予算をオープンアクセス推進に用いることで、既存の年間購読への影響を最小限に抑えながら、図書館予算でオープンサイエンスのサポートを実現します。
一方で、一度コンテンツが公開されると購読を中止する機関が発生するのではというフリーライダーへの懸念があります。しかし、Annual Reviewsとしてはこうした懸念よりむしろ、図書館コミュニティからの賛同やオープンアクセス推進による恩恵のほうが大きいと判断しました。
このSubscribe to Open™プログラムは、2020年から毎年行うことを想定しています。成功しなければアクセスは年間購読を契約した機関に限定されます。成立可否に関わらず、確実に電子ジャーナルへのアクセスを継続するために、年間購読の継続を呼びかけています。
Infographic of Subscribe to Open™
本件についてのお問い合わせ、年間購読料のお見積りについては最寄りの紀伊國屋書店営業所もしくはこちらの問い合わせフォームからお願いいたします。
(紀伊國屋書店 雑誌営業部 江崎)