商品カタログ

【洋古書】インド学の古典コレクション:シェジー《王立学院サンスクリット講座講演》、コールブルック《サンスクリット文法》初版ほか

18世紀末から19世紀初頭、ヨーロッパの偉大な東洋学者たちの遺した記念碑的文献13点

関連ワード:インド サンスクリット ヒンドゥー 古書 東洋学 洋書  更新日:2025.09.25

フランス革命後に設立されたÉcole spéciale des langues orientales(東洋語特別学院)、パリ大学、アジア協会などを中心とする研究者たちの一人シェジー、フランスやドイツのイエズス会士東洋学者たち、カルメル会修道士でインド布教の傍らヒンドゥー教、サンスクリット研究に記念碑的著作を残したパウリヌス・ア・サンクト・バルトロメオ、イギリス東インド会社が創設した学院や王立アジア学会の創立メンバーなど、いずれもヨーロッパ東洋学の礎を築いた人物たちによる著作、翻訳、文献目録、全13点をご紹介いたします。

*個別のお見積り、お問合せは弊社各営業所、またはこちらまでご連絡ください。

1.シェジー《王立学院サンスクリット講座開講講演》ほか
2.コールブルック《サンスクリット文法》初版
3.ウィルキンズ《サンスクリット文法》初版
4.パウリヌス・ア・サンクト・バルトロメオ《サンスクリット文法》初版
5.パウリヌス・ア・サンクト・バルトロメオ《バラモン教》初版
6.パウリヌス・ア・サンクト・バルトロメオ《東インド旅行記》初版
7.パウリヌス・ア・サンクト・バルトロメオ《東インド旅行記》仏訳初版
8.ハミルトン編《ヒトーパデーシャ》初版
9.ウィルキンズ訳《ヒトーパデーシャ》初版
10.カーリダーサ《雲の使者》英訳初版
11.シュレーゲル訳《ラーマーヤナ》初版
12.ハミルトン/ラングレ《王立図書館サンスクリット写本目録》初版
13.アンクティル=デュペロン《ゼンド=アヴェスタ》初版

—以下、「紀伊國屋書店 古書目録 2020」より—

シェジー《王立学院サンスクリット講座開講講演》ほか
CHÉZY, Antione-Léonard. Discours prononcé au Collége royal de France, a l’ouverture du cours de langue et de littérature sanskrite. Le lundi 16 janvier 1815. Paris, J.-M. Eberhart, 1815.
[Bound with:]
Yadjnadatta-Badha, ou la mort d’Yadjnadatta, épisode extrait et traduit du Ramayana, poème épique sanskrit. A Paris, de l’imprimerie de P. Didot l’ainé, 1814.
[Bound with:]
Analyse du Mégha-Doûtah, poème sanskrit de Kâlidâsa. A Paris, de l’Imprimerie royale, 1817.
[Bound with:]
Notice de l’ouvrage intitulé A Grammar of the sanskrita language by Charles Wilkins. S.l., s.n., [1810].
[Bound with:]
SCHLEGEL, August Wilhelm. Specimen novæ typographiæ indicæ. Lutetiæ Parisiorum, ex officina Georgii Crapelet, 1821.

¥990,000

8vo, five volumes bound in one; pp. (4), 30, (2) blank; 48; 22; 15, (1) blank; 6 unnumbered leaves; with two extra engraved leaves of two-line Sanskrit verses bound at the end of the fourth work; title-leaf of the initial volume with minor repair at inner margin, occasional light foxing and mild browning, but a very good sound copy, bound in contemporary quarter sheep on marbled boards, vellum corners, flat spine gilt in compartments, red morocco title label to the spine, lightly rubbed, lower end of spine chipped and worn; the first work with some pencil footnotes in text and manuscript list of errata on the last blank leaf apparently by the author, two extra engraved plates with copious manuscript notes in purple ink. Langlès 1366; Gildemeister 89 & 153.

シルヴェストル・ド・サシの門下生、シェジーはサンスクリットを独習し、ついにはコレージュ・ロワイヤルに新設されたサンスクリット講座の初代教授に就任します。上掲はその初期の著作を収録した同時代の合綴本で、サンスクリット講座の開講講演(1815年一月十六日)に加え、ラーマーヤナの部分訳、四年前にカルカッタで上梓されたウィルソン校訂版カーリダーサの書評、ウィルキンズのサンスクリット文法に関する書評(Moniteur 誌1810年第146号に掲載されたものの抜刷)。その学識を示す著作は数少ないため、いずれも興味深い文献といえるでしょう。ことに開講講演には巻末に美しい筆跡で誤植一覧が付されており、あるいはこれがシェジーの自用本である可能性も示唆されましょう。

なお Yadjnadatta-badha は『ラーマーヤナ』第二篇より、ラーマが王宮を去ったのち悲嘆にくれるダシュラタ王が、かつて若い行者ヤジュナダッタを誤って矢で射殺し、その父親から呪いをかけられたことを告白したのち息を引き取る場面。この1814年版は仏訳のみを収録するものですが、十二年後には原典と詳細な文法的註解を加えた再版が上梓されています。

またここにはシュレーゲルが『ラーマーヤナ』原典版刊行のためにパリで製作せしめたサンスクリット活字の見本帳があわせて製本されています。この見本帳は極めて稀覯。

コールブルック《サンスクリット文法》初版
COLEBROOKE, Henry Thomas. A Grammar of the Sanscrit language. Calcutta, printed at the Honorable Company’s press, 1805.

¥880,000

Folio, pp. xxii, 369, (1) blank, (4) errata; lacking the last leaf of text (i.e. p. 369 and its blank verso), supplied in facsimile; title-leaf worn, touching a few letters but without serious loss, neatly restored; a couple of tiny round wormholes on lower margin towards the end of text; otherwise a very good copy, bound in contemporary half calf on marbled boards, title lettered gilt on spine, worn, rebacked and recornered, with the original spine laid down; ownership inscription of the “College of Fort William” on verso of title-leaf, another inscription of a Conrad Miller of Vancouver on upper corner of title-page. Langlès 992; Gildemeister 3.

東インド会社が創設したフォート・ウィリアム・コレッジの初代サンスクリット教授、コールブルックによるサンスクリット文法。パーニニの文典に基づき、その緻密な文法理論を開陳した最初のヨーロッパ文献としても貴重な価値を持つものです。続巻が予定されていたにも関わらず、ケアリーやウィルキンズ、フォースターなどヨーロッパ人に理解しやすいラテン文法の体系に依拠したサンスクリット文法が流布するのを目の当たりにしたコールブルックは、その出版を断念したと伝えられます。

本文最終葉が欠落。ただし上掲本がフォート・ウィリアム・コレッジに複数部備えられていたうちの一冊であり、学生が恐らくは頻繁に利用していたことを顧慮すると、この程度の瑕疵は惜しむほどのものではないでしょう。

ウィルキンズ《サンスクリット文法》初版
WILKINS, Charles. A Grammar of the Sanskrita language. London, printed for the author, by W. Bulmer and Co.; and sold by Black, Parry, and Kingsbury, 1808.

¥440,000

4to, pp. xx, 662; with five leaves of engraved plates; half-title bound after the title-leaf; small piece torn from upper corner of the third preliminary leaf, mild browning throughout, occasional light foxing and thumbing, but a good copy in modern marbled boards, old leather title label on spine, lightly rubbed. Isaac (Bulmer) 574; Langlès 994; Gildemeister 5.

英領インドの生んだ偉大な東洋学者の一人、チャールズ・ウィルキンズの主著。「古代インドの文献とサンスクリット語に関するヨーロッパ人の知識は、チャールズ・ウィルキンズの先駆的な努力に負うところが大きい。サー・ウィリアム・ジョーンズもウィルキンズを高く評価していた。ジョーンズがサンスクリットを自ら研究することにした理由は、ウィルキンズがヨーロッパへ帰ることになり、ジョーンズにサンスクリット文学を指導する人物がいなくなったからであった。ジョーンズは彼の帰国後(やや不正確ながら)ウィルキンズはヨーロッパで唯一サンスクリットを知る人物だと記している」(トマス・トロートマン)。

この文法は東インド学校のサンスクリット教授であった、アレクサンダー・ハミルトンの勧めで執筆されたもので、ヨーロッパで刊行された最初の本格的なサンスクリット文法となりました。本書で用いられたデーヴァナーガリーの活字はウィルキンズ自身の手になるものです。

パウリヌス・ア・サンクト・バルトロメオ《サンスクリット文法》初版
PAULINUS A S. BARTHOLOMAEO. Sidharubam seu grammatica samscrdamica cui accedit dissertatio historico-critica in linguam samscrdamicam vulgo samscret dictam. Romae, ex typographia Sacrae Congregationis de Propaganda Fide, 1790.

¥220,000

4to, pp. 80, 77*-80*, 81-188; title printed in red and black, woodcut device to the title-page; occasional mild browning and foxing, light dampmark to the fore-margin of title-leaf and leaf G4 (affecting the letters on the latter), but a very good copy, uncut, largely unopened, bound in modern boards, paper title label to the spine; duplicate from the Collegium Urbanum de Propaganda Fide, with stamps on title-page. Langlès 991; Gildemeister 1.

ヨーロッパで出版された最初のサンスクリット語文法。カルメル会宣教師である著者は北部オーストリア出身のクロアチア人、俗名はフィリップ・ヴェズディン。1774年インドに赴任し、十年余の滞在中ついに巡察師に任ぜられましたが1789年ローマに呼び戻され、布教聖省で教鞭を執り、宣教師の養成にあたります。本書 Sidharubam (1790) やインド布教史 India Orientalis Christiana (1794) を発表したのはこの間のこと。一時ウィーンへ滞在したものの、その後再び布教聖省の学院長として迎えられました。

ヨーロッパ人の手になる最初のサンスクリット文法は、傑出した語学の才能を持つイエズス会士、ヨハン・エルンスト・ハンクスレーデン (1681-1732) の文法稿本とされますが、それをローマに将来したパウリヌスは自らの文法書編纂にも参照しました。

巻頭には七十数頁からなる概説と文字表・発音が置かれ、続く文法本文は四章。第一章は屈折、第二章で性と副詞・接続詞、第三章は動詞の複合法、第四章で名詞・動詞の統語論を示しています。さらにバガヴァッド・ギーターからの数節に転写・翻訳・解説を施した付録が加えられました。本書でサンスクリットの表記に用いられている活字はグランタ文字であり、デーヴァナーガリーは文字表に併記されています。

パウリヌスは十四年後、同じく布教聖省からさらに詳細なサンスクリット文法 Vyacarana を上梓しました。
布教聖省のコレギウム旧蔵本。タイトル葉と本文一葉に古い蔵書印を消した跡が見られます。

パウリヌス・ア・サンクト・バルトロメオ《バラモン教》初版
PAULINUS A S. BARTHOLOMAEO. Systema brahmanicum liturgicum mythologicum civile ex monumentis indicis Musei Borgiani velitris dissertationibus historico-criticis illustravit. Romae apud Antonium Fulgonium, 1791.

¥396,000

4to, pp. xii, 326 (i.e. 328); with thirty leaves of engraved plates (of which one folded), engraved vignette to the title-page; occasional light foxing, but a very good copy, bound in contemporary half sheep on marbled boards, flat spine gilt in compartments, red leather title label to the spine, lightly rubbed, worn along the extremities. Langlès 317.

パウリヌス・ア・サンクト・バルトロメオ(1748-1806)の「最も重要な著作」(ヴィンディッシュ)であり、ヨーロッパにおけるインド研究の古典的名著。著者は北部オーストリア生まれのクロアチア人(ドイツ名 Johann Philipp Wesdin クロアチア名 Ivan Filip Vezdin)。カルメル会修道士となり、1776年には宣教師としてインドに赴任。十年余の滞在中ついに巡察師に任ぜられましたが1789年ローマに呼び戻され、布教聖省で教鞭を執りました。西洋における最初のサンスクリット文法 Sidharubam (1790) やインド布教史 India Orientalis Christiana (1794) を発表したのはこの間のこと。一時ウィーンへ滞在したものの、再び布教聖省の学院長として迎えられています。

パウリヌスの著書はインド学の先駆的研究として高い評価を得たものですが、彼の地での豊富な知見に基づきながらヒンドゥー教を体系的に考察した本書もまた、その例に洩れません。本文は三部からなり、宗教儀礼、諸神、社会制度をそれぞれ詳しく論じています。神々としてはブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァ、サラスヴァティー、ラクシュミー、パールヴァティー等に続き、ラーマ、クリシュナ、ブッダなどヴィシュヌの十化身、ガネーシャ、インドラ、カーマデーヴァといったその他の神々についての記述が見られます。社会制度は四つのカーストの概説とインドにおける貨幣流通について。エジプトから日本にかけての様々な宇宙についての観念を比較考察した補遺が加えられています。

三十葉の銅版図譜は、諸神の図像を収録したものですがいずれもボルジア博物館収蔵品から選ばれたもの。
同時代の半革装。製本に擦れなどがあるものの保存状態は概ね良好。

パウリヌス・ア・サンクト・バルトロメオ《東インド旅行記》初版
PAULINUS A S. BARTOLOMAEO. Viaggio alle Indie orientali. Roma, presso Antonio Fulgoni, 1796.

¥220,000

4to, pp. xx, 404; with 12 leaves of engraved plates; engraved vignette to the title-page (portrait of Pope Pius VI) and another engraved vignette at the beginning of text (portrait of the author); lower corner of leaf N1 restored (marginal), mild foxing and light spotting here and there, but a good sound copy, bound in contemporary vellum on boards, spine gilt in compartment, title lettered in gilt to the spine (spine partly cracked but sound); circular library stamp on margin of the title-page. Langlès 2329; Streit VI. 692.

パウリヌス・ア・サンクト・バルトロメオ (1748-1806) は北部オーストリア生まれのクロアチア人(ドイツ名 Johann Philipp Wesdin クロアチア名 Ivan Filip Vezdin)。カルメル会修道士となり、宣教師としてインドへ赴任。十年余の滞在中ついに巡察師に任ぜられましたが1789年ローマに呼び戻され、布教聖省で教鞭を執りました。西洋における最初のサンスクリット文法 Sidharubam (1790) やインド布教史 India Orientalis Christiana (1794) を発表したのはこの間のこと。一時ウィーンへ滞在したものの、再び布教聖省の学院長として迎えられています。

本書は1776年七月二十五日にポンディシェリに到着してから、1789年九月二十九日にヨーロッパへ帰還するまでのインド滞在記。本文は二部に分かれ、第一部にはカプチン会やイエズス会、パリ外国宣教会などの宣教団の模様や異教に対する批判といった記述もありますが、ヒンズー教徒をはじめとするインド人の習俗や、マラバールの土地と住民についての観察が詳細に記されています。また第二部にはインドのカースト制度についての詳しい考察が見られます。神仏像などの銅版図譜十二葉は、ほとんどがボルジア博物館の収蔵品に依拠するもの。また本文冒頭には著者肖像の銅版ヴィニェットが置かれています。

ローマで刊行されたこの初刊本に続き、独訳(1798年)、英訳(1800年)が上梓されたほか、アンクティル・デュペロンの仏訳が訳者歿後の1808年に刊行され、広く流布しています。

パウリヌス・ア・サンクト・バルトロメオ《東インド旅行記》仏訳初版
PAULINUS A S. BARTOLOMAEO. Voyage aux Indes orientales, traduit de l’italien par M***, avec les observations de MM. Anquetil du Perron, J. R. Forster et Silvestre de Sacy; et une dissertation de M. Anquetil sur la propriété individuelle et foncière dans l’Inde et en Égypte. A Paris, chez Tourneisen fils, 1808.

¥792,000

8vo, three volumes plus an atlas volume in 4to; pp. (4), xi, (1) blank, 496 (i.e. 494); (4), iv, 558; (4), ii, iv, 508, xlviii; two letterpress preliminary leaves and 14 leaves of engraved plates (1 folding map, Pl. I-XII and Pl. X bis); engraved frontispiece portrait of the author to the initial volume of text; terminal blank leaves of Vols. 2-3 used as pastedown; occasional light thumbing and dustsoiling, light waterstains to lower margin of text volumes (affecting text in the initial volume); bound in original marbled wrappers, entirely uncut, largely unopened, original printed title label to the spines of the text volumes (worn), spines chipped at head and tail, corners frayed, some joints partly split. Langlès 2330; cf. Streit VI. 692.

原著 Viaggio alle India orientali は1796年ローマ刊。間もなくドイツ語訳(1798年)と英訳(1800年)とが上梓された事実からも当時のヨーロッパにおける東洋への関心の高さを伺うことができるでしょう。某氏のフランス語訳稿を手に入れた書肆ルヴローは、アンクティル・デュペロンに依頼し、彼の手で徹底的に訳文を改めたのがこの仏訳本です。しかし第二巻の印刷がはじまった直後の1805年一月にアンクティルはこの世を去り、残りはシルヴェストル・ド・サシが引き継ぎました。またパウリヌスの記録に対し、アンクティルは自らのインドに関する学殖を惜しみなく発揮した膨大な註解を加えており、それが本書の第三巻を構成しています。この註解にはシルヴェストル・ド・サシの手になる註ならびに、ドイツ語訳で訳者ヨハン・ラインホルト・フォルスターが加えた註解もあわせて採録されています。また第一巻巻頭には兄の歴史家ルイ=ピエールの手になるアンクティルの小伝。

原装本のため、本文に多くの差替が生じていることが確認できます。ことに第一巻と第二巻には多く、それぞれ二十一葉と十四葉。アンクティルの原稿が甚だ判読しにくいものであったことは出版者の序にも見え、夥しい誤植訂正と差替は少なからずそれに起因するものと思われます。付録の図譜一冊はインド半島の地図と銅版図録十三葉で、神仏像などの図像はほとんどがボルジア博物館の収蔵品に依拠しています。

第三巻は三葉。第二巻の本文一葉(pp. 261-2)に損傷があり印刷部分にも欠損がるものの判読は可能

ハミルトン編《ヒトーパデーシャ》初版
HAMILTON, Alexander, ed. The Hitopadesa in the Sanskrita language. London, Library, East India House; Cox, Son and Baylis, printers, 1810.

¥550,000

4to, pp. viii, 119, (1) blank, (4) errata, (4) blank; text printed in Devanagari; a few small ink smudges on leaf A4 verso and B4 recto (affecting some letters), lower corner torn from leaf C2, upper margin of title-leaf lightly frayed with its corner restored (without touching letters); occasional light thumbing and minor soiling, but a good copy in contemporary half calf on marbled boards, rebacked and recornered with leather title label lettered in gilt to the spine, covers rather rubbed and worn; copious manurscirpt gloss in pencil throughout. Langlès 1409; Gildemeister 224; Graesse I. p. 420.

パリでサンスクリットを教授し、ヨーロッパに東洋学が勃興する契機を齎したアレクサンダー・ハミルトンによる編著。
ハミルトンは1762年スコットランドのグリーノック生まれ、同姓同名の従兄弟はアメリカ合衆国の立憲制を築いた人物として有名です。ベンガル駐留軍に志願してカルカッタに赴任したのは1783年のこと。ペルシャ語・ベンガル語の通訳となりますが、サンスクリット研究のため1790年に職を辞し、五年後には帰国しました。当時ヨーロッパで最も多くのサンスクリット写本を蔵していたパリへ赴いたものの、アミアンの講和が破棄されたため、足止めをくうことになります。この間ヴォルネ、ラングレ、フォリエルやフリードリヒ・シュレーゲルにサンスクリットを教授し、ヨーロッパ大陸にインド研究が広まる起爆剤となっています。

フランスからようやく帰国を果たしたハミルトンは、東インド会社の幹部候補生を育成すべく1806年に創設されたヘイリーベリー・コレッジで教鞭を執ります。ヒンドゥー文学とアジア史の初代教授としてサンスクリットやベンガル語、マラーティー語を講じたのは、もとよりヨーロッパの教育機関における最初の事例です。このコレッジにおけるサンスクリット教本として刊行されたのが『ヒトーパデーシャ』原典版です。そのサンスクリット原典はすでにコールブルックの手によって1804年セランポールで上梓されていましたが、ハミルトンのテクストは単なる再版ではなく、新たに二種類の写本を以って校し、補正を加えたもの。ただしコールブルック版で併せて収録されていたダンディン作『ダシャクマーラチャリタ』(十王子物語)などは除かれています。

ヨーロッパにおける最初のサンスクリット刊本。稀覯。

ウィルキンズ訳《ヒトーパデーシャ》初版
WILKINS, Charles. The Heetopades of Veeshnoo-Sarma, in a series of connected fables, interspersed with moral, prudential, and political maxims; translated from an ancient manuscript in the Sanskreet language. With explanatory notes, by Charles Wilkins. Bath, printed by R. Cruttwell, and sold by C. Nourse, London, and J. Marshall, Bath, 1787.

¥176,000

8vo, pp. xx, 334; the initial and the last pages lightly browned, edges with mild foxing, otherwise a very good copy, top edge cut and stained, but others uncut, bound in half-calf antique on marbled boards, green morocco title label to the spine, gilt; ownership inscription of Tho. Bennett on upper margin of title. Gildemeister 232; Graesse I. p. 420.

英国東インド会社が輩出したサンスクリット研究者の中でもひときわ抜きん出た存在である、チャールズ・ウィルキンズの手になる翻訳。『マハーバーラタ』の英訳に取組み、『バガヴァッド・ギーター』訳を1785年世に問うたのちウィルキンズは帰国。本書は当時居住していたバースでの刊行です。『バガヴァッド・ギーター』が直ちにフランス語・ロシア語に重訳されたのに対し、本書は再版・重訳ともに恵まれませんでしたが、1790年に上梓されたラングレの仏訳は明らかにウィルキンズ訳に触発されたものでしょう。稀少。

カーリダーサ《雲の使者》英訳初版
KALIDASA. The Mégha dúta; or, cloud messenger: a poem in the Sanscrit language. Translated into English verse, with notes and illustrations, by Horace Hayman Wilson. Published under the sanction of the College of Fort William. Calcutta, printed by P. Pereira, at the Hindoostanee Press, 1813.

¥440,000

4to in twos, pp. (4), xii, 119, (1) blank, with two leaves of advertisements at end; leaf E2 with minor printing fault with loss of two letters in the annotations; a few short tears to the half-tltle (repaired), lower corner of the initial two leaves neatly restored, lower margin of the advertisement leaves at end lightly frayed, othwerwise a very good sound copy, bound in modern cloth on boards, top edge gilt (lightly spotted, corners worn). Langlès 1369; Gildemeister 149.

カーリダーサの代表作に数えられ、サンスクリット文学の傑作とされる韻文作品の英訳。同時にまた、インドの古典文学を西洋に紹介した記念碑的な翻訳の一つです。
訳者は後年オクスフォード大学サンスクリット講座教授に就任し、王立アジア学会の創立メンバーの一人ともなったホラス・ヘイマン・ウィルソン。ロンドンの聖トマス病院で医学を学んだウィルソンは、東インド会社のベンガル支部に外科医として赴任。化学・金属についての豊富な知識をかわれて造幣局に勤務する一方、ウィリアム・ジョーンズの影響を受け余暇をサンスクリット文学の研究に費やしています。本書はその最初の成果であり、サンスクリット辞典と並んで英国におけるインド学興隆に大きな寄与を果たしたウィルソンの主著。韻文訳と原文は豊富な脚注とともに対訳で示されています。

カルカッタ刊本。稀覯。巻頭二葉の余白に補修はありますが、保存状態は良好。

シュレーゲル訳《ラーマーヤナ》初版
SCHLEGEL, August Wilhelm. Ramayana id est carmen epicum de ramae rebus gestis poetae antiquissimi Valmicis opus. Textum codd. mss. collatis recensuit interpretationem latinam et annotations criticas adiecit. Bonnae ad Rhenum, typis regiis sumtibus editoris, 1829-38.

¥440,000

8vo, three volumes, all published; pp. lxxii, 380, (1) corrigenda, (1) printer’s imprint, (2) blank; (4), 315, (1) printer’s imprint; (4), 362, (2) blank; text of the initial and the last volume in Sanskrit; engraved title-leaf in Sanskrit to the initial volume; faint marginal damparks to the first and the last volumes, mild browning and sporadic light foxing, but generally a very good clean copy; bound in modern marbled boards, manuscript title label on spines; presentation copy by the author to Friedrich Windischmann, with Schlegel’s inscription dated April 1839 to the fly-leaf of the initial volume. Gildemeister 84.

ドイツにおけるインド学の鼻祖に数えられるシュレーゲルの主著。全七巻、約四万八千行にも及ぶ古代インドの長大な叙事詩『ラーマーヤナ』は、ヴァールミーキの作に帰せられます。数々の神話や伝説を交えながらヴィシュヌの化身、コーサラの王ラーマの生涯を描きだした、この格調高い技巧的な韻文はインドと近隣文化圏に対して甚大な影響を及ぼしました。

ドイツ・ロマン派の勃興に大きな功績を残し、美学的考察によってその理論的支柱ともなったアウグスト・シュレーゲルが、パリでサンスクリットをシェズィに学んだのは1816年から翌年にかけてのこと。シュレーゲルはそれまでの研究を放擲してこれに熱中し、わずか数ヶ月で習熟したと伝えられます。スタール夫人がこの世を去った翌年、1818年十一月にボン大学の文学・芸術史教授として迎えられますが、1820年には再びパリへ、1823年にはロンドンへ赴き、インド研究に没頭します。その成果は彼自ら編纂した Indische Bibliothek やパリで発表された数多くの論文をはじめ、『バガヴァッド・ギーター』(1823年)と『ヒトーパデーシャ』(1829-31年)、そして本書に結実しました。これら三つの編本は、シュレーゲルが写本にもとづいて校訂したサンスクリット原典にラテン語訳が付されています。

シュレーゲルが『ラーマーヤナ』予約購読を募る趣意書を出したのは1823年のことです。彼が対校に用いたサンスクリット写本は、英国東インド会社の学院が所蔵する四種、ロンドンの王立学会にあるジョーンズ

旧蔵本三種、パリの王立図書館の写本三種、さらに英国東インド会社のジェイムズ・トッドがラジャスターンから持ち帰ったばかりの写本も加えられました。

シュレーゲル版は、『ラーマーヤナ』のサンスクリット原典をヨーロッパで刊行する最初の企図でした。シェズィが1814年に一部の抜粋を出版したのが唯一先行する刊本であり、インドでもセランポールのバプティスト会が第一・第二巻の原典と英訳を1806年から1810年にかけて上梓しているものの、1812年の印刷所火災で続刊は潰えています。各巻は二分冊からなり、第一分冊にサンスクリット原典の校訂テクスト、第二分冊にラテン訳を収録。趣意書から六年後の1829年にようやく刊行された第一巻第一分冊は、原典第一巻(七十七章)と第二巻の最初の二十章とを収録。そのラテン訳である第一巻第二分冊、ならびに第二巻第一分冊(原典第二巻第二十一章から百十五章を収録)は1838年の刊行。残念ながらシュレーゲルはこの三分冊以降の上梓を果たすことができませんでした。トリノのガスパーレ・ゴレシオが1843年に刊行をはじめた原典版(ベンガル本)が1867年にようやく完結し、はじめてこの大作の全貌が西洋で知られることになります。ゴレシオが平行して進めたイタリア語訳は1870年に最終巻刊行。その間フランスではイポリット・フォーシュの縮約仏訳本も登場しています(1855-58年)。

刊行途絶の憂き目を見たとはいえ、シュレーゲルがゴレシオ版とも異なる北インド系統の本文を採ったことは興味深い点です。また西洋古典学に培われた本文批判の方法をインドの大規模な古典作品に適用したことも注目に値しましょう。ラテン語訳はさらに短い部分しか発表されませんでしたが、流麗な訳文はギリシャ・ラテンの古典的叙事詩との鮮やかな対比を形作っています。

ここで用いられたサンスクリットの活字は1821年、パリで王立図書館所蔵の写本からシュレーゲル自身が制作したもの。1825年にはパリのアジア学会もシュレーゲルの活字を購入してサンスクリットの活字印刷をはじめています。なお第一分冊の印刷者はトルマンでしたが、1838年の二分冊はカール・ゲオルギに代わっています。

上掲本は当時ミュンヘン大学助教授であった弟子、フリードリヒ・ヴィンディッシュマンへ宛てた著者寄贈本。第一巻の白紙に大書された自筆の献辞には1839年四月の日付が見られます。フリードリヒは東洋思想史を論じた Die Philosophie im Fortgang der Weltgeschichte (1827-34) の著者カール・ヨゼフ・ヒエロニムス・ヴィンディッシュマンの子。ボン大学でシュレーゲルとラッセンに師事してシャンカラ研究(1832年)を纏めた彼は、敬虔なカトリック神学者として活躍する一方、ゾロアスターなどの古代ペルシャ研究で有名です。

稀少な三冊揃。製本は改められているものの余白は裁断されておらず、第一巻第二分冊のタイトル葉と巻末、ならびに第二巻第一分冊の巻末には、余白に1837年十一月七日付けの ‘Imprimatur’ が手書きで記されています。

ハミルトン/ラングレ《王立図書館サンスクリット写本目録》初版
HAMILTON, Alexander, and Louis-Mathieu Langlès. Catalogue des manuscripts samskrits de la Bibliothêque impériale, avec des notices du contenu de la plupart des ouvrages, etc. A Paris, de l’Imprimerie bibliographique, 1807.

¥330,000

8vo, pp. 118; cancelland pp. 95-96 (the eighth leaf of gathering 6) present along with the cancel (the first leaf of gathering 7); occasional mild thumbing and spotting, light foxing to the initial few leaves, faint dampmark to the upper margin; an uncut copy, bound in contemporary marbled boards, rubbed and worn along extremities, rebacked, trace of tape repair to the front hinge; armorial bookplate of the Bibliotheca Lindesiana and its manuscript pressmark to the front pastedown. Langlès 4023; Gildemeister 390; Besterman 5561.

パリの王立図書館はイエズス会士ジャン=フランソワ・ポンスが将来した写本を蔵書に加え、当時のヨーロッパで最大のサンスクリット文献を所蔵していました。これにはエティエンヌ・フルモンとビニョンが整備した目録稿本がありましたが、アレクサンダー・ハミルトンがルイ=マチュー・ラングレとともに改訂の手をくわえ完成させたのがこの目録です。

ハミルトンはアミアンの和約が成立したのち写本の閲読のためパリを訪れたものの、翌年再び英仏が交戦状態に入ったため抑留の憂き目を見ます。しかしサンスクリット語を知悉する数少ない西欧人として、フランスの東洋学者達の懇請により解放。パリでヴォルネ、ラングレ、ビュルヌフやシュレーゲル兄弟などにサンスクリット語を教授し、インド学がヨーロッパ大陸に確固とした基盤を築く礎となりました。この目録はその傍ら編纂されたものとはいえ、パリ東洋学の黄金期到来を告げる記念碑的文献といっても過言ではないでしょう。

なおベスタマンの著録するところによれば、サンスクリットの書目としてはウィリアム・ジョーンズが王立学会に寄贈した十四頁の写本目録(1798年)が先行するのみで、ハミルトンとラングレの労作は詳細な解題を伴った文献目録としてヨーロッパで最初のものといってよいでしょう。

十九世紀後半の英国で屈指の蔵書家として知られたクロフォード伯爵旧蔵本。

アンクティル=デュペロン《ゼンド=アヴェスタ》初版
ANQUETIL-DUPERRON, Abraham Hyacinthe. Zend-Avesta, ouvrage de Zoroastre, contenant les idées théologiques, physiques & morales de ce législateur, les cérémonies du culte religieux qu’il a établi, & plusieurs traits importans relatifs à l’ancienne histoire des Perses: traduit en François sur l’original Zend, avec des remarques; & accompagné de plusieurs traités propres à éclaircir les matieres qui en sont l’objet.

¥726,000

4to, two volumes bound in three (Tome 1 in two parts); pp. (2), xxxvi, (2), dxlii, with four folding engraved plates; (4), cxx, 432, with a leaf of engraved plate; (4), 810, with eight engraved plates (some folded); bound in contemporary mottled calf, spines gilt in compartments, red morocco title labels on spines, lightly rubbed and worn (somewhat heavily in Tome 2), a few of the spine ends chipped and worn, lower joint of Tome 2 partly cracked; occasional faint waterstaining, but a very good clean copy. Quérard X. 569; Burnouf 592; Langlès 293.

フランス東洋学の劈頭を飾る名著。二巻三冊のうち、第一巻第一冊は序論として、アンクティル=デュペロンがアヴェスタの写本を入手した東インド旅行の記録が収められています。第二冊には諸写本の文献学的検討とテクストの梗概を記したのち、ゾロアスター伝、ならびにヴェンディダッドの仏訳。第二巻はヤシュトの仏訳と語彙集、さらにアヴェスタを伝承してきたパルシーの風習と宗教儀礼についての考察、巻末に索引。

同時代の牛革装。製本に軽微な虫損や擦れあり(第二巻はやや傷みが目立ちます)。その他の保存状態は良好。

(学術洋書部)

関連商品カタログ

/