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【洋古書】ケルムスコット版見本刷コレクション:フロワサール《年代記》、チョーサー《カンタベリー物語》ほか

ウィリアム・モリスの印刷工房が遺した「理想の書物」の見本刷り集成。バーン=ジョーンズ挿画。きわめて稀覯。

関連ワード:アーツ・アンド・クラフツ ウィリアム・モリス ケルムスコットプレス バーン=ジョーンズ 印刷 古書 書物の歴史 洋書  更新日:2024.10.04

バーナーズ英訳のフロワサール『年代記』を含む四つの作品を手漉紙に印刷した見本刷りを1冊に製本したものです。ボストンの美術蒐集家でモリスの友人、アーツ・アンド・クラフト運動の重要なパトロンでもあったローレンス・W・ホドスン (1864-1933) の旧蔵本。

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—以下、「紀伊國屋書店 古書目録 2020」より—

[Kelmscott Press]  CHAUCER, Geoffrey.  [The Works, specimen pages].  [Hammersmith, the Kelmscott Press, 1894].
[Bound with:]
FROISSART, Jean.  [Chronicles, specimen pages from the projected edition, printed on paper].  [Hammersmith, the Kelmscott Press, 1896].[Bound with:]
MORRIS, William.  [The Story of Sigurd the Volsung, two specimen pages on large folio].  [Hammersmith, the Kelmscott Press, 1897].
[Bound with:]
BURNE-JONES, Edward.  [A proof printing of the frontispiece woodcut illustration for the Kelmscott Press edition of The Life and Death of Jason].  [Hammersmith, the Kelmscott Press, 1895].

¥4,400,000

Folio (426 x 286 mm), four works bound in one; pp. 2; 16; (4); (2); text in Chaucer type (Chaucer and Froissart) and in Troy type (Sigurd), a few sidenotes of the Chaucer and the colophons to the Froissart and the Sigurd printed in red; large woodcut border to each initial page of the Chaucer and the Sigurd as well as the Jason woodcut, one half-border to the Froissart; large woodcut illustration of the poet to the Chaucer specimen, some large and small woodcut initials; bound in quarter morocco on vellum boards by the Doves Bindery (signed and dated 1899 on rear pastedown), title lettered gilt to the front cover (spine discoloured, covers slightly warped); Laurence W. Hodson’s bookplate by the Kelmscott Press (Peterson D10.8) to front pastedown.  Peterson D1.7, D1.8 and D1.9.  

ケルムスコット・プレスを、印刷・出版のすべての工程に自らの理想を盛り込むべく奮闘した創業者、ウィリアム・モリスの存在と切り離して考えることは不可能でしょう。彼が完成品を目にすることの出来た最後の刊本はクランヴォウ The Floure and the Leafeで、病床に横たわるモリスのもとに届けられたのは1896年十月三日、息を引き取る直前だったと伝えられます。

モリスの死からほどなくしてプレスの活動が停止するのも必然的な結果でした。歿後、エドマンド・スペンサーの Shepheardes Calender やモリスの The Water of the Wondrous Isles、 さらに Sire DegrevauntSyr Isanbrace が続けて刊行されますが、これらはいずれも生前印刷がほぼ完了していたものです。1897年から翌年にかけてモリスの蔵書目録から派生した Some German Woodcuts of the Fifteenth Century と、モリスの作品三点とを刊行し、最後にケルムスコット・プレス書誌でもある A Note by William Morris on His Aim in Founding the Kelmscott Press を上梓すると、プレスはついに閉鎖されました。

完成に至らなかったケルムスコット刊本は少なからずあり、その大半は計画のみで終わっていますが、中にはシェイクスピア全集のように、試みに一頁の組版がなされたものもあります。ジャン・フロワサールの『年代記』Chronicles も未完に終わった刊本ですが、モリスの構想では大型二折版二巻でコブデン=サンダーソンの白い豚革特装本も予定され、ケルムスコット・チョーサーと並ぶ壮麗な傑作となるはずでした。

バーナーズの英訳したフロワサールの『年代記』は、モリスの学生時代からの愛読書であり、そのケルムスコット刊本は早くから考えられていました。1892年一月には完成したばかりのトロイ活字を使って一頁の組見本を作っています。これは一段組みでしたが翌年には二段組みのチョーサー活字による見本が仕上げられ、挿画はバーン=ジョーンズ、紋章の調査にエメリー・ウォーカーがあたり、ハリディ・スパーリングが編者として刊行を進める手筈が整っています。しかしチョーサーの完成に多大な労力を注いだ結果、フロワサールの準備は遅れ、ついにモリス生前には多くの進展を見ることはありませんでした。

モリスの管財人たちはフロワサールの刊行を断念しましたが、1896年十一月の時点で三十四頁分の活字が組まれており、翌月このうち十六頁を二折版八葉の手漉紙に印刷したものが三十二部のみ製作され、非売品としてモリスと親しかった友人たちへ贈られました。

上掲本が収録するのはこの手漉紙八葉の見本刷です。フロワサールの見本刷には、1897年九月、ヴェラム二葉に二頁のみを印刷し百六十部、限定版として頒布された別種も存在します。このヴェラム刷は『年代記』本文第一葉の表頁と裏頁とを二葉に分けて印刷したもので、そこに含まれる冒頭二頁の本文は手漉紙本と同一。木版の飾り枠と大文字とはヴェラム刷本で新たに加えられたものですが、手漉紙本第三葉裏にはヴェラム刷裏頁と同じ木版飾り枠が見られます。

モリスの歿後に刊行されたケルムスコット版の一つに『ヴォルスング族シグルド』The Story of Sigurd the Volsung があります。1891年五月には本文一頁の試刷が製作されており、出版計画は早くからあったことがわかりますが、挿画を依頼されたバーン=ジョーンズの筆が遅く一向に進捗を見ることはありませんでした。「情景が絵描き向きではない」と助手にこぼした彼は予定された二十五点の挿画をついに仕上げることがなく、モリスがこの世を去ると刊行は見送りとなっています。本文の第一頁と第十六頁を印刷した見本刷がフロワサール同様、三十二部だけ製作されたのは1897年一月のこと。これでケルムスコット版『シグルド』には終止符が打たれるはずでしたが、未刊に終わるのを惜しんだシドニー・コカレルは同月末にバーン=ジョーンズを説得し、1898年一月には挿画を二点だけ収録したケルムスコット版が刊行されています。

上掲本に含まれる見本刷と1898年版とを比較すると、1898年版が小型の二折版 (328 x 231 mm) でチョーサー活字を用いているのに対し、見本刷はフロワサールやチョーサーと同じ大型の二折版、活字もトロイが使用されており、当初の刊行計画がいかに贅を凝らしたものかがわかります。その点でも見本刷はプレスの極めて貴重なドキュメントに数えられましょう。『年代記』見本刷同様、最終頁の下部に奥付が赤で印刷されています。

上掲はローレンス・W・ホドスン (1864-1933) の旧蔵本。美術蒐集家であったホドスンはモリスの友人で、アーツ・アンド・クラフト運動の重要なパトロンに数えられます。モリス商会の最後の壁紙作品 Compton は、ホドスンの邸宅コムトン・ホールのために制作されたもので、ここには「聖杯」シリーズのタペストリーも置かれました。1898年にはアシュビーと共にケルムスコット・プレスの機材を(印刷職人ともども)譲り受け、エセックス・ハウス・プレスを創設したことでも知られています。フロワサール『年代記』ならびに『シグルド』の二つの見本刷をケルムスコット・プレスから譲られた三十二名の中にホドスンが加わっていたことは言を俟たないでしょう。製本はダヴズ製本所のヴェラム装(背はモロッコ革)、1899年の作品です。見返しに貼付されているホドスンの蔵書票もケルムスコット・プレスが印刷したもの。

なお上掲本は二つの極めて稀覯な見本刷に加え、さらに二点を収録しています。まず巻頭に見られるのはケルムスコット版チョーサーの見本刷。この見本刷りは本文第一葉、すなわち『カンタベリー物語』冒頭部分を示しており、有名なチョーサーの木版肖像や木版飾り枠、装飾大文字も含まれています。ただし表頁の左欄が刊本では六行であるのに対し、この見本刷りには七行が印刷されています。印刷は1894年八月、すでに予約で(ヴェラム刷三部を除き)売切れとなっていたにも関わらず製作されたもので、主要な書店に送られたとされます。現存稀れ。

巻末には第三十四刊本、『イアソンの生と死』The Life and Death of Jason のために制作されたバーン=ジョーンズの木版挿画二点のうち、口絵にあたるものを印刷した一葉。木版飾り枠と併せての試刷で、実際の刊本は四折ですが、ここでは二折版の用紙に刷られています(裏頁は白紙)。ピーターソンの書誌にもこの試刷は記載されておらず、あるいはホドスン旧蔵本が唯一のものか。

(学術洋書部)