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【洋古書】ニーチェ《悲劇の誕生》初版

アポロン型とディオニソス型という概念で悲劇とヨーロッパ精神を論じたニーチェの処女作

関連ワード:ギリシア悲劇 古典 古書 哲学 宗教 思想 文学 洋書 芸術  更新日:2025.10.17

古典文献学者として弱冠24歳でバーゼル大学に迎えられたニーチェが、後年、本書「悲劇の誕生」第二版序文で記しているように、普仏戦争(1870-1871)のさなかにアルプスの一隅で古代ギリシア人について思索に耽り生み出した問題作。それ以降の思想、文学に甚大な影響を及ぼしたアポロン型とディオニソス型という概念が登場する本書は、古典文献学者からの痛烈な批判にさらされ、長く「学術書」としての売れ行きは不振でした。

紀伊國屋書店在庫の「悲劇の誕生」は、1872年の初版を20世紀に装丁し直したものです。

 

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—以下、「紀伊國屋書店 古書目録 2020」より—

ニーチェ《悲劇の誕生》初版
NIETZSCHE, Friedrich. Die Geburt der Tragödie aus dem Geiste der Musik. Leipzig, Verlag von E. W. Fritzsch, 1872.

¥660,000

8vo, pp. iv, 143, (1) imprint; light marginal dampmark to the lower corner of the last two gatherings, faint browning to the initial and the last leaves, title with a short clean tear to the upper margin; a very good copy in half sheep on marbled boards of early twentieth century, leather title label to the spine with letters in gilt, lightly rubbed along extremities and at spine ends.  Jung 252; Schaberg 20.

 

ニーチェの最初の主著である『悲劇の誕生』は1872年初刊。ライプツィヒの書肆フリッチュと著者との契約は一千部印刷となっていましたが、1871年十二月末に刷られた実際の部数は八百。翌年一月初めに販売されはじめたものの、フォン・ヴィラモヴィッツ=メレンドルフの痛烈な批判が災いして古典学界からは黙殺されるなど、売行きは芳しいものではありませんでした。二年後、まだ数百の残部があるにも関わらずフリッチュは新たに第二版七百五十部を印刷しました。著者は再版にあたって本文にわずかながら変更を加えており、初版で百四十三頁だった本文は一頁だけ増えています。とはいえこの第二版は直ちに発行された訳ではありませんでした。

 

ニーチェのその後の著作も出版したフリッチュは、1874年当時破産の危機に瀕しており、印税の遅れに嫌気がさしたニーチェは『反時代的考察』の第三部をケムニッツのエルンスト・シュマイツナーから印刷し、『考察』最初の二部もフリッチュからシュマイツナーが購入しています。塩漬けにされた『悲劇の誕生』は1878年八月になってようやくフリッチュの手を離れますが、このときもまだ初版の残部は百七十五冊あったといわれます。シュマイツナーは当初タイトル頁を差替えて発行する予定でしたが、現存するものを見る限りでは第二版のタイトル頁に、刊記のみを変更するラベルを貼って販売しています。

 

しかし六年後、『ツァラトゥストラ』の刊行をめぐってニーチェとシュマイツナーとの協調関係も破綻し、訴訟に持ち込まれます。ここに再び登場したのが最初の出版者フリッチュでした。フリッチュは1886年八月に『悲劇の誕生』残部を買い戻しています。この残部は第二版(五百七十六部)だけでなく、恐らくシュマイツナーが一冊も売らなかった初版も含んでいました。フリッチュは約三ヶ月後、ニーチェによる十六頁の新たな序文「自己批判の試み」を巻頭に加え、タイトル頁を差替えた本書を再発行しました。「音楽の精神からの悲劇の誕生」という原題を「悲劇の誕生、あるいはギリシャ人とペシミズム」と改めた、この新たなタイトル頁は初版・第二版とも共通のものが用いられており、フリッチュは明らかに二種を区別せずに販売しています。初版・第二版合計で恐らく七百五十部ほどあった残部は1893年には八十部まで減っており、翌1894年に第三版が刊行されました。

上掲は初版第一発行、1878年までに販売された約六百部の一つ。製本は二十世紀前半の半革装。

(学術洋書部)