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【洋古書】ペンナ・ディ・ビリ《チベット布教史》独訳初版およびチベット仏教祈祷書4点

チベットと彼の地の仏教に関する近代初期ヨーロッパにおける最も重要な情報源

関連ワード:キリスト教 チベット 中央アジア 仏教 古書 布教 洋書  更新日:2025.09.06

18世紀初頭、布教のためにチベットに向かったカプチン会の修道士による詳細な活動記録とチベット仏教についての研究書(ドイツ語訳初版)と、19世紀のドイツ系ロシア人シリング・フォン・カンシュタットがロシアと中国の国境地帯で蒐集したカンギュル索引、チベット仏教祈祷書、マハーヤーナスートラのリトグラフ印刷 をご紹介いたします。

*個別のお見積り、お問合せは弊社各営業所、またはこちらまでご連絡ください。

1.ペンナ・ディ・ビリ《チベット布教史》独訳初版
2.カンギュル索引
3.チベット仏教祈祷書(Leipzig 1835年) 2冊セット
4.マハーヤーナスートラ リトグラフ印刷(St.Petersburg 1845年)

ペンナ・ディ・ビリ《チベット布教史》独訳初版
PENNA DI BILLI, Francesco Orazio della. Missio apostolica, thibetano-seraphica. Das ist: neue durch päbstlichen Gewalt in dem grossen Thibetanischen Reich von denen P.P. Capucineren aufgerichtete Mission. München, gedruckt und zu finden, bey Johann Jacob Vötter, 1740.

¥836,000

4to, two parts bound in one; pp. (30), 128; 224, (23) Register, (1) blank; with engraved frontispiece and two folding leaves of engraved plates to the first part; engraved coat of arms of the dedicatee (Augustinus, Abbot of Metz) on verso of the title-leaf, a full-page engraved facsimile of the Tibetan script in text; mild dampmarks to the initial and the last leaves, occasional light thumbing and soiling, fore-margin of the frontispiece frayed and with a small marginal tear, one of the engraved plates with a short closed tear to the margin; generally a good copy, bound in contemporary pigskin over wooden boards, covers panelled in blind, two brass ties and catches, later manuscript title on spine (covers darkened, endpapers marked). Cordier BS 2906-7; Streit VI. 395; Lust 203; Yakushi P143c.

フランチェスコ・オラツィオ・オリヴィエリ(1680-1745)はイタリア、マルケ州のペンナ・ディ・ビリの出身。カプチン会に加わって修道士となり、1712年八月パオロ・マリア・ダ・マテリカら五名とともにチベット布教へ出発。これは1703年布教聖省がカプチン会にチベット布教を委ねて以来、第三次の布教団となります。

1704年リヴォルノを出港したカプチン会第一次チベット布教団のうち、ジュゼッペ・ダ・アスコリとフランソワ・ド・トゥールの二名が1707年六月にラサに入り、医療に従事しながら布教活動をはじめたものの、物資の窮乏に苦しみ、二年後には引揚げを余儀なくされています。オラツィオらは1713年九月シャンデルナゴールに到着し、パトナを経由してネパールへ向かったのは翌年末のこと。第二次布教団のドメニコ・デ・ファーノと合流してラサに到着したのは1716年十月でした。半年前にこの地に到達していたイエズス会士デシデリに面会したのち、セラ僧院でチベット語を学びはじめています。活動は順調に開始したかのようでしたが、翌年にはジュンガルのラサ侵攻によって住居を失い、1720年清朝がチベットを平定するまで、宣教師たちは困窮の底にありました。その後十年余の間に、ダライラマ七世にも認められ教会も建立するなど布教も盛んになったものの、再び多くの困難に直面したオラツィオは、布教団総監として1732年八月ラサを発ち、ローマへの旅に向かいました。

オラツィオはローマでチベットと布教活動の状況とについて報告し、これに基づいて布教聖省のフィリプス・デ・モンティブスがまとめた布教報告 Alla Sagra Congregazione de Propaganda Fide deputata sopra la Missione del Gran Thibet rappresentanza de’ Padri Cappucini Missionari dello Stato presente della medesima (1738) が刊行されました。上掲はそのドイツ語訳ですが、多くの増補を加えつつ再構成が施されています。二部から成る第一部はチベットとその宗教について記し、第二部はカプチン会による布教の歴史を述べ、宣教師からの書簡や文書類も豊富に収録しています。第一部に見られる銅版挿図二葉(うち一つは曼荼羅)も恐らくは本書のために製作されたものでしょう。

オラツィオ・デッラ・ペンナ・ディ・ビリの著作としては三万五千語に及ぶチベット語辞典稿本が有名です。彼の仏教に関する知識はデシデリに一籌を輸するとはいえ、本書はカプチン会のチベット布教に関する同時代の文献として最も浩瀚なものであると同時に、チベットと彼の地の仏教に関する当時のヨーロッパにおける最も重要な情報源です。

同時代の豚革装。本文に軽微な水染みあり。

—以上、「紀伊國屋書店 古書目録 2020」より—

シリング・フォン・カンシュタットのコレクションより
チベット仏教関連 古書3点(4冊)

ドイツ系のロシア人として現・エストニアのタリン生まれたパウル・ルートヴィヒ・シリング・フォン・カンシュタットは、帝政ロシアの軍人、外交官、また東洋学者、電報の発明家、リトグラフの技術のロシアへの導入者としても知られていました。1830年代、帝国内東方地域の仏教徒の増加、対中国政策、密輸の増加などを憂慮したロシア政府により、シリングは露中国境地帯のキャフタ(Kyakhta)へ派遣されました。キャフタをベースにしたシリングは、1年半にわたり、各地の仏教寺院や国境の要所を精力的に視察。民族学調査と称するこの一連の旅を通じ、チベット人、モンゴル人のラマたちと多くの時間を共にし、仏典を学び、カンギュルのテキストを目にすることになります。ロシア領内のブリヤート人によりカンギュルの異なる三つの版が大切に保管されていることを知ったシリングは、そのうちの一つを筆写させることに成功し、さらには別の版を入手することもできました。一説によると、ラマたちはシリングの使命を知りつつ、彼を通じてロシア側の懐柔を試みるために協力的であったとも伝えられています。また、シリングはラマたちの間で、チベット語仏典を読めるヨーロッパ人として非常に有名になり、キャフタのシリングの住居には多くのブリヤート人が来訪し、その結果、夥しい数の手写本がシリングの手元に集まりました。コレクションの中にいくつかの重要な仏典が欠けているのに気づいたシリングは、数十人の筆写専門家を雇い、チベット語のみならず、サンスクリット語の教典の手写も依頼します。また、リトグラフの技術に通じていたシリングは、かつてない精度で東洋の文字の印刷にも成功しました。

カンギュル索引
Der Index des Kandjur
herausgegeben von der Kaiserlichen Akademie der Wissenschaften und bevorwortet von I. J. Schmidt, ordentlichem Mitgliede der Akademie, u.s.w. St.- Petersburg. 1845 (In Leipzig bei Leopold Voss)

¥424,000

「シリング・フォン・カンシュタット男爵(1786~1837年)の死後、遺されたチベット、モンゴル、中国、満州、日本の書物の膨大なコレクションは、ロシア皇帝に買い取られ、ロシア科学アカデミーに所蔵されることになった。その中には、何百巻にも上る一揃いのチベット語のカンギュルと1冊の索引が含まれていた。この索引は、生前、カンシュタット男爵がシベリアから連れ帰ったチベット仏典に通じたブリヤート人に石板に筆写させてリトグラフにて作成したものである。故人はこの写本を数百部印刷し広めようと意図したものと思われる。カンギュル索引印刷版と全コレクションを引き取ったアカデミーは、アジア学に寄与するこの書物を公刊することに決定した。」  -本書のドイツ語による前書きより-

二部構成の第一部は7つの章に分けられており、チベット語の題名に続きサンスクリット語の題がある場合はそちらを記しています。数十巻におよぶ書物から数枚の紙に記されたものも含めて、総計1083点の書名を収録。第二部は、第一部収録の作品をチベット文字順に収録し、作品番号を付しています。

チベット仏教祈祷書(Leipzig 1835年) 2冊セット
・Btschom – Idan – adas – ma – sches – rab – kyi –pha – rol –tu – phyin – pai – sñing – po.
Das Herz (die Quintessenz) der zum jenseitigen Ufer des Wissens gelangten Allerherrlichst-Vollendenten. Eine tübetische Religionsschrift.  Leipzig, 1835  Bei Karl Tauchnitz
・Smon – lam – btschu – tham – abyor –bai – smon – bsngo – ba.
Ein tübetisches Gebetbuch. Leipzig, 1835 Bei Karl Tauchnitz


¥347,000

マハーヤーナスートラ リトグラフ印刷(St.Petersburg 1845年)マハーヤーナスートラ リトグラフ印刷(St.Petersburg 1845年)
Das ehrwürdige Mahājānasūtra mit Namen : “das unermessliche Lebensalterund die unermessliche Erkenntniss.”
(Litographischer Abdruck, besorgt durch den verstorbenen Baron Schilling von Canstadt)
Herausgegeben von der Kaiserlichen Akademie der Wissenschaften, St. Petersburg 1845 In Liepzig bei Leopold Voss.

¥308,000

(学術洋書部)