人文社会系研究

市政専門図書館と近代日本地方行政資料

2017.06.28

後藤・安田記念東京都市研究所は、市政についての調査機関の設置を力説していた当時の東京市長・後藤新平が、安田銀行(現みずほ銀行)創立者・安田善次郎の資金提供を受け1922(大正11)年2月に創立した。そして市政専門図書館は、研究所設立以来その付設機関として研究活動を支えてきた。

市政専門図書館の入る市政会館は、1929(昭和4)年10月に日比谷公園の南東の一角に日比谷公会堂とともに建てられたものだ。塔時計と茶褐色のタイル張りの外壁をもつクラシックな建物は、日比谷のシンボルとして親しまれている。昨年、国立競技場の解体、建替が大きな話題となった。「聖地」と呼ばれる建物がいとも簡単に壊されていく様を悲しい思いで見ていたものだが、ここを訪れるといつもホッとする。御影石と大理石で造られたエントランスホールを通るたびに、過去と現在は地続きなのだと改めて気付かせてくれる。
さて、その市政専門図書館を紹介するために、自治体政策の研究をなさっている方のもとを訪れた。お目にかかったのは元福島大学教授で現在は公益財団法人地方自治総合研究所で研究に携わっておられる今井照先生。今井先生は東京大学を卒業後、東京都教育庁、大田区役所で行政の職に就き、1999(平成11)年から福島大学で行政政策学類の教授をされてきた。『地方自治講義』(筑摩書房、2017)、『自治体再建―原発避難と「移動する村」』(筑摩書房、2014)など多数の著書、論文を発表されている。

「地方自治の研究というのは歴史と切り離すことができません。例えばいま議会に代わって〈町村総会〉を置こうという検討が高知県大川村でなされています。憲法では設置が義務づけられている議会なのに、なぜ地方自治法では〈町村総会〉の規定が書かれているのか? これなども明治まで遡らなければ分からないことです。
また日本では明治、昭和、平成と3度にわたって大きな市町村合併が行われました。現在の地域課題の解決方法を考えるためには、日本の地方自治制度がどのようにして成り立ち、どのように変遷してきたのかを知らなければ、大きく的を外します。地方自治の研究は常に歴史に立ち返る必要があるのです。
そういう意味で市政専門図書館は、明治以降の資料が保存されていて大変貴重な存在です。」

今井先生のもとを辞し、市政専門図書館に向かった。市政専門図書館の田村副館長に「今井先生から市政専門図書館は明治以降の資料が保存されているというお話をいただきました」と伝えると、興味深い図書館の歴史を聞かせてくださった。

「当館の一つの特徴に明治以降の地方行政資料が保存されているというのがあります。これは恐らく国内ではかなり大規模であると思います。
地方行政資料については内務省も膨大な資料を保存していました。しかし敗戦によって内務省は解体され、その際、一部は後の自治大学校に移されたそうですが、ほとんどは廃棄されてしまったようです。
また帝国図書館などはそもそも地方行政資料を積極的に収集・保存する体制にありませんでした。市政専門図書館は幸いにも空襲を逃れましたし、また、独立した機関であるがために破棄する必要もなく、こうした要因で明治以降の地方行政資料が比較的多く保存できているのです。」

 

冒頭で市政会館のクラシックなたたずまいについて触れた。しかし市政会館はただ単に古い建物なだけではない。市政会館のホームページを見るとその建物について以下の様な記述がある。

本財団は、歴史的建造物保全事業として、歴史的価値の高い建造物である市政会館を適切な修理・修繕をつうじて、建物及び景観を保全し、後世に継承を行います。そのため、市政会館を建設当時の状態で維持・保存していくため、建設当時の趣旨・設計思想をふまえ本財団の指示の下、高い技術力と専門能力を持った施工業者に委託し、またタイル等には特殊な資材を用いることで歴史的価値の維持に努めています。

資料もさることながら、建物も含め次代に引き継いでいこうというポリシーが見える。

今井先生の仰っていた「地方自治研究と歴史研究は切り離せない」という言葉。「明治以降の地方行政資料を多く保存している」という田村副館長の言葉。そして市政専門図書館が入る市政会館の歴史的建造物保全の取り組み。どれもがリンクしている様に感じた。
福島大学におられ、東日本大震災や福島第一原発事故についての著述の多い今井先生の「私たちの災害体験を歴史に記録し、記憶として残さなくてはならない」という言葉が耳に残っている。
昨今、行政資料の保存がなにかと話題になる。言うまでもないことだが、その時の都合や思惑に左右されることなく資料を保存することは、現代の我々だけでなく、未来の人達のためにも重要だ。

市政専門図書館は一般にも公開されている。戦前期の都市計画地図や昭和三陸津波に関する資料、関東大震災、東日本大震災、町内会、大森文書、後藤新平文書など特殊コレクションの目録などが公開されている。都市問題や地方自治(とその歴史)にご興味のおありの方は、足を運ばれてみてはいかがだろうか。

 

公益財団法人 後藤安田記念東京都市研究所
市政専門図書館
〒100-0012東京都千代田区日比谷公園1-3市政会館
http://www.timr.or.jp/library/

(日外アソシエーツ 編集部 青木竜馬)

 

 

市政専門図書館が独自に収集してきた貴重な資料をもとに、日外アソシエーツでは市政専門図書館監修『都市問題・地方自治 調査研究文献要覧』(全3巻)を刊行致しました。

政治、経済、財務、法律、教育、総合政策から建築、環境、医療、保健まで様々な学術研究領域が対象で、都市問題・地方自治に関する研究文献(図書、雑誌記事等)を体系的に網羅した内容です。また、国立国会図書館「雑誌記事索引」にも載っておらず、インターネットでは調べられない文献が多数含まれています。


  本文例:『③1981~2015』政治・行政・法律より

「地方創生」が話題になっている今こそ、明治から現代までの都市問題・地方自治に関する調査の基礎資料である本書が、日本の近現代史を紐解くために役立つものと信じております。

 

 

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