これからの学び

国際バカロレア(International Baccalaureate/IB)と日本の課題指導のギャップ

2018.02.02

2017年の夏、夏休みの宿題の「自由研究」や「読書感想文」をネットで購入することが話題になりました。
『「夏休みの宿題に」メルカリに読書感想文、数百円で出品」』(朝日新聞DIGITAL 2017年8月24日付)
『メルカリで読書感想文が数百円で買える 母親「一緒にやる時間がない」』(huffington Post 2017年8月25日付)

私が子どもの頃も、息子が子どもの頃も、必ず小中学校の夏休みには「自由研究」や「読書感想文」がありました。夏休みの宿題のリストには何の説明もなく、リストアップされていました。提出したあとは展示されたり、コンクールに出されたりはしましたが、特に成績がつくわけでもなく、フィードバックがあるわけもなく、担任の「見ました」ハンコが押されて返却されました。また次の年も当たり前のように同じことが繰り返されました。

「自由研究」が教科だった時代があったようですが、現代のような「自由研究」や「読書感想文」であれば、ネット購入したくなる児童・生徒が出るのは仕方ないような気もしてきます。文部科学省は指導と評価の一体化と言いますが、ここには指導も評価もないのではないでしょうか。それでも日本の保護者の多くは教育熱心なので、なんとかこの宿題を通して「研究」することを学んで欲しいと思い、自由研究のためのセミナーに子どもを連れて行ったり、自由研究キットを買い与えたり、書店に並ぶ参書を買ったり、保護者が考案した研究に子どもを付き合わせたりと毎年孤軍奮闘するのです。

その一方で、国際バカロレア(International Baccalaureate、以下IB)の教育に関する興味関心が急速に高まってきています。私は2007年より東京学芸大学附属国際中等教育学校で英語科教諭として国際バカロレア(IB)中等教育プログラム(MYP)とディプロマプログラム(DP)の立ち上げに関わりました。同校は2010年に国公立初のIB(MYP)認定校、2015年にDP認定校となり、2015年から2017年3月までの2年間には、同校の副校長を勤めました。その間、2013年からIBアジア太平洋地域日本担当地域開発マネージャーも兼務し、現在は玉川大学教育学研究科教授として、IBの教育者の育成に携わっています。

IB教育では、よりよい世界の構築を目指して、日々の探究学習や協働学習を丁寧に展開して生涯学習者を育てるカリキュラムやカリキュラムフレームワークを提供しますが、常に生徒が「なぜこれを今、学ぶのか」「学んだことを今後どのように活用するのか」という視点を持てるように授業を展開していきます。生徒に与えられる様々な課題は、教師が生徒に身につけて欲しいと思う知識、スキルや態度が身についたかどうかを測ることができるものを用意します。そして、その課題の評価の目安はルーブリック(注:学習者の到達状況を測るための評価の目安の表)として提供されます。児童・生徒はどの方向にどのような努力をすべきかがはっきりわかった上で、その課題に取り組み始めることができるのです。

このような教育が注目を集める中、いまだに「自由研究」や「読書感想文」が日本の夏休みの宿題として出されています。このギャップをどのように埋めていくのかが今後の教育の改善のカギを握るのではないでしょうか。「自由研究」の求めるものがせっかくの長い夏休みに普段できないようなじっくり時間をかけて自分の好きなことに取り組むことだとするなら、テーマの設定の仕方、問いの立て方、検証の仕方、文章のまとめ方、研究倫理という意識をもつことなどを、発達段階に合わせて小学校の6年間と中学校の3年間で一貫して指導していくことが必要なのではないでしょうか。指導なしに「研究」が出来る児童・生徒が一握りはいるでしょうが、大多数の児童・生徒は何をどうすればいいのかわかりません。そのため、夏休み最終日にチョチョッと何かを作ったり、パパッとネットからの情報をコピペしてレポートにして提出したり、ネットで購入したりしてしまうのです。そして、次の年も何の改善もなく同じことを繰り返します。

また、自由研究と仮にも「研究」と名の付くものを生徒に課すのであれば研究倫理もセットで提示していかなくてはいけないでしょう。日本の学校はカンニングには厳しいですが、まだまだコピペに甘いように見受けます。また教師の側にカンニングやコピペできないような課題をつくる工夫も必要なのではないでしょうか。

小学校と中学校の合計9回の夏休みを有効に活用させることが、高校で、とりわけSSHやSGH校などで独自の視点を持つ課題研究にとりくみ、さらに大学に進んでから専門領域で独創的な研究にとりくむことができる生徒・学生を広く育てることにつながるのではないかと思います。そんなふうに生徒・学生を導いていけないでしょうか。

(玉川大学 教育学部教育学研究科 教授 星野あゆみ)

※2017年11月寄稿