人文社会系研究

イギリス文学・文化研究の現場から④——研究者インタビュー【連載】

2018.06.14

研究者としての興味のありかた、資料との付き合いかたを伺う連載の最終回です。過去を学ぶことの意義と、フィクションから学べるものを、イギリス文学・文化を研究する冨樫剛先生に語って頂きました。(第一回第二回第三回)。

フィクションから過去を知り、今を考える

こんなふうに、過去の異国の話題が実は現代社会の話題でもある、ということはよく感じます。思考や社会的制度の枠組みの違いであらわれかたが違っても、根底にある願望や不安は似ていたりする。

科学的知見の差があったり風習が違ったり――例えばアヘンが市販の薬だった、とか――という理由で、昔の人は現代人よりも劣るように考えられがちですが、そんなことはまったくないと思います。むしろ、過去の問題はどれも少なからず今の問題でもある。少し前に論集で17世紀イギリスにおける武力の問題を論じたんですが、武力というのはまさに現代の最重要課題ですし。

ですから今のことを考える前提として、過去のことにもっと関心をもつべきだと思います。授業では、いつ・誰が・どうした、という世界史のスタイルではなくて、どういう理由でどう思いながらそうしたのかというような、当事者の視点に立って考える機会をつくりたいですね。そうなると、やはりEEBOに入っているような一次資料が欠かせないんです。

今の日本の社会について考えるなら、映画やテレビドラマや小説やマンガといったフィクションが重要になるかと思います。多くの人に評価された、あるいは消費された作品からは、その時その時の話題や関心事、考えかたの傾向など、統計的なデータにはあらわれないことが読みとれますので、同じように、過去のイギリスについて考えるには、やはり詩などのフィクションが重要な材料になるはずです。というか、英語の「詩」、 “poetry” という言葉はもともと「フィクション」という意味ですし。

―― 知りませんでした。

詩は演劇と違って時と場所を選ばないし、基本的に短いので、ある意味いちばん書きやすくて読みやすい身近な娯楽だった。今のテレビ番組のように、形式・ジャンル・主題もさまざまで。

―― 先生が作られているイギリス詩の翻訳ブログ・サイトを拝見していると確かにそんな気がしてきます。

詩は敬遠されがちですが、内容がわかればおもしろいと思ってもらえるはずです。電気製品や大量印刷技術が広まる前の最大の娯楽なので。それから、イギリスについて知るための資料で日本語で読めるものが圧倒的に不足していますので、このサイトが少しでもその足しになればいいですね。

――訳出した詩のなかで、おすすめの作品はありますか?

あまり好き嫌いがないので選びにくいのですが、たとえばこのふたつ(下に引用)なんてどうでしょう? 16世紀と18世紀の作品ですが、このふたつの詩がそれぞれの時代をあらわしていると同時に主題的にはつながっている、というようなことを示す仕事がいつかできたら、と考えています。

 

 

トマス・ワイアット
「中庸で確かな生きかた」

滑る車輪の上に立ちたければどうぞ、
高い地位とはそんなもの。ぼくはここでいい、
ずっとここで静かに暮らしていたい。
淫らで楽しくてくだらない宮廷とは関わりたくない。
誰も知らないところでゆっくり生きて、
面倒なこともなく年老いて、
ふつうの人と同じように死んでいきたい。
死につかまえられてつらい思いをするのは、
みんなが知っている有名な人。かわいそうに、そういう人は、
自分が何者かわからないまま死ぬ、麻痺した心で、怯えた顔で。

 

 

 

シャーロット・スミス
「ソネット: サセックス・ミドルトンの教会のお墓で」

無言の月に支配され、
彼岸の暴風と一緒になって、
自制を忘れた高波が
怯える陸に襲いかかって圧倒する。
西の洞穴から立ちのぼる荒い突風で
巨大な波が目覚め、うねり、押し寄せる。
そして草むらから村人の死体をほじり出す、
墓場の沈黙と安らぎを打ち破って。
岸では貝殻・海藻と入りまじった
骨が、あああ! 何度も波に打たれて白くてきれい!
唸る風も海の音も死体には聞こえない。
風土火水の戦争は、もう彼らに関係ない。
惨めなわたし、長い人生の嵐に潰れそうなわたしは、
そんな死体の安らぎが羨ましくて、見つめる目が離せない。

 

 

――本日は本当にありがとうございました。

冨樫先生のサイトはこちら
English Poetry in Japanese ――英語の詩を日本語で――:http://blog.goo.ne.jp/gtgsh

 

≪冨樫先生の近著≫

『名誉革命とイギリス文学』(春風堂、2014年)
– 序章、第3章

インタビュー実施日、場所:2017年6月14日 フェリス女学院大学
聞き手:紀伊國屋書店

 

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