イギリスの新聞の歴史を集約:『サンデイ・タイムズ』を電子的に再現
Sunday Times Historical Archive はイギリスを代表する日曜紙『サンデイ・タイムズ』の創刊号から2016年までの記事を原紙に忠実に再現するデータベースです。
左から:チャーチル追悼特集号< 1965年1月31日>
ダイアナ逝去< 1997 年8月31日>
ハロルド・マクミラン回想録 第1回目< 1966年6月19日>
ミレニアム特集号< 2000年1月2日>
※法的な理由で搭載されていない記事があります。また、1978年12月1日から79年11月12日まで、労使紛争のため本紙の発行が停止されました。
19世紀ヴィクトリア朝社会史、文化史の歴史的証言者
19世紀の『サンデイ・タイムズ』は、通常の政治、経済、社会関連の報道に加え、犯罪、ゴシップ、スポーツに紙面の多くを割いていたという点では、他の日曜紙と同様です。また、ロンドンを中心とする演劇、コンサート、オペラ、出版関係の最新動向を追跡し、劇評、コンサート評、オペラ評、書評を多数掲載した同紙は、19世紀文化史の貴重な証言者です。
1870年1月2日
調査報道のパイオニア
1963年、Insight Team(調査チーム)を発足させ、出来事を迅速に伝える新聞報道に、入念な調査と緻密な分析により事件の背景を掘り下げる新しい報道スタイルを導入しました。とりわけ、妊婦の睡眠薬の服用による薬害問題を10年に亘り追究した1960年代のサリドマイド薬害報道、イギリス情報機関のメンバーがソ連の二重スパイだったことを明らかにした1960年代のフィルビー事件、元技術者による暴露を発端とする1980年代のイスラエル核兵器開発疑惑、1990年代初頭の英国による対イラク武器密輸疑惑、民間企業の便宜を図り議会で質問した英国下院議員の収賄事件などが有名です。
インターネットやSNSが速報性の点で優位に立つ中、調査報道が伝統的メディアである新聞が差別化できる要因として改めて注目を集めていますが、『サンデイ・タイムズ』は調査報道のパイオニアです。
左から1968年5月19日、1967年10月1日、1982年10月10日、1986年10月5日
20世紀後半の文化史の記録資料としてのSunday Times Magazine
1962年からは最新の文化情報を伝えることを目的として、Sunday Times Magazineという補遺がスタートします。補遺といっても別冊として発行されたのではなく、『サンデイ・タイムズ』の紙上に言わば「新聞の中の新聞」として組み込まれました。著名な作家による記事と世界的な写真家の撮影する写真で構成された洗練された文化記事は、短命で終わるとの同業者からの冷ややかな声を打ち消し、読者から好評をもって迎えられ、他紙の追随するところとなりました。
上から1962年2月4日、同2月18日、同9月9日
※原紙はカラーですが、本データベースでは白黒です。
優れた書評で定評ある『サンデイ・タイムズ』
イギリスで書評と言えば、『タイムズ・リテラリー・サプルメント』のような書評専門誌の他に、新聞書評を忘れることはできません。中でも、日曜紙『サンデイ・タイムズ』は『オブザーバー』と並び、優れた書評で定評があります。同紙は書評担当編集長(chief reviewer)のポストに名批評家を迎え、編集長による書評の他、外部の批評家や作家による書評が毎号紙面を飾りました。
『サンデイ・タイムズ』の書評欄を任された歴代書評担当編集長の名前を挙げると、エドマンド・ゴス(Edmund Gosse)、ラルフ・ストラウス(Ralph Straus)、デズモンド・マッカーシー(Desmond MacCarthy)、レイモンド・モーティマー(Raymond Mortimer)、シリル・コナリー(Cyril Connolly)、ピーター・ケンプ(Peter Kemp)、ジョン・ケアリー(John Carey)、スーザン・ダーシー(Susan D’Arcy)等、現代イギリスの文芸批評の歴史に足跡を残した人物が居並び、彼ら彼女らが『サンデイ・タイムズ』で健筆を揮いました。
その他、常任ではないものの、ジョン・レイモンド(John Raymond)、ジョージ・スタイナー(George Steiner)、C.P.スノウ(Charles Percy Snow)、ニコラス・シュリンプトン(Nicholas Shrimpton)、ピーター・クィネル(Peter Quennell)、ハロルド・ニコルソン(Harold Nicolson)、マイケル・ウッド(Michael Wood)、ジュリアン・ルース(Julian Loose)、フランク・カーモード(Frank Kermode)らの批評家、デイヴィッド・ロッジ(David Lodge)、A.S. バイアット(Antonia Susan Byatt)、アンソニー・バージェス(Anthony Burgess)、アニータ・ブルックナー(Anita Brookner)、イーヴリン・ウォー(Evelyn Waugh)、ジュリアン・バーンズ(Julian Barnes)、ブリジット・ブローフィ(Brigid Brophy)、ルース・レンデル(Ruth Rendell)、マリーナ・ウォーナー(Marina Warner)らの作家が、個性ある書評を寄稿しました。これらの書評の中には、作家や批評家のアンソロジーに再録されていないものもあり、思わぬ掘り出し物に出会う機会も少なくありません。
また、1949年から断続的に年末に掲載された”Books of the Year”は、作家や批評家がその年に刊行された書物の中から印象に残った書物を選び、短評を付したもので、誰が何を選んだかという観点からも興味深い情報を提供してくれます。
これらに、作家や批評家による書物に関わるエッセー等を加えれば、書物に関わる記事は相当な数に上り、『サンデイ・タイムズ』が新聞でありながら、現代イギリス文学史の必要欠くべからざる参考資料であるという意外な事実に気付かされます。
日曜紙の高級紙
すでに18世紀の後半に登場した日曜紙は、19世紀初頭の革新的印刷技術をいち早く取り入れることで価格を下げ、都市に急増しつつあった労働者階級を読者として取り込むことにより、購読者数を増やすことに成功しました。日曜紙の記事が犯罪、スキャンダル、スポーツに大きなウェートを占めていたのも、労働者が主要な読者層の一つであったためです。
『サンデイ・タイムズ』も例外ではなく、犯罪、スキャンダル絡みの記事が多かったと言われています。購読者を増やすための日曜紙の競争は20世紀に入ると熾烈を極めましたが、その中で『サンデイ・タイムズ』はセンセーショナルな記事偏重の従来の日曜紙のポジションから距離を取ることで差別化を図ろうと試みました。調査報道やカラー版マガジンは、日曜紙『サンデイ・タイムズ』の高級紙化戦略の一環でもありました。
政府の干渉から報道の自由を守りぬく姿勢を貫き、一方で急増する労働者階級の関心に応えるためにゴシップや犯罪記事に傾斜した19世紀を経て、20世紀に入り購読者増加を巡る競争の激化と新興メディアの登場の中で時代に相応しい編集方針を問い続けてきた『サンデイ・タイムズ』の歴史はイギリス新聞の歴史を集約しています。
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