世界初の絵入り新聞『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース』をフルカラーで再現するデータベース
The Illustrated London News Historical Archive 1842-2003は、世界初の絵入り新聞『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース』をフルカラーで再現し、フルテキスト検索も可能にしたデータベースです。
絵入り新聞の代名詞『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース』
19世紀半ば、イギリスでは政治、経済、社会、文化、科学技術など各方面で変革が起こり、若い女王の下、人々は新しい時代の胎動を感じていました。メディアの分野でも、時代は新しい表現媒体を求めていました。
折しも、トマス・ビューイックにより再興された木工木版画が洗練の度を深め、新たな表現力を生み出すことに成功、人々のニーズを形にする技術的な受け皿が成立していました。洗練された木工木版画を多数掲載する形で創刊されたのが『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース』(以下ILN)です。
ILN は、図版でニュースを伝えるという、全く新しい発想の下、人々に同時代の出来事に関する鮮烈なイメージを植えつけ、Lloyd’s Illustrated London News, Pictorial Times, Pictorial Worldなど、後発の絵入り新聞・雑誌が長続きしなかったのに対して、絵入り新聞の代名詞として19世紀、20世紀を生き抜け、2003年、161年の歴史に幕を下ろしました。
近現代イギリス史における国家的イベントのクロニクル
イギリス内外の出来事に目配りを効かせていた ILNがとりわけ多くのページを割いて報道したのが、万国博覧会、鉄道の開通、議事堂や駅舎等の落成、国王や皇太子の外遊、外国の国家元首の戴冠式や国葬などの国家的イベントであり、一号まるごと当該イベントに費やすことも珍しくありません。ILNは、近現代イギリス史における国家的イベントのクロニクルです。
建築物図版の宝庫
19 世紀イギリスでは、ゴシック建築が流行する一方で、世紀初頭のギリシア趣味に影響を受けた新古典主義も隆盛、その他に、ルネサンス様式、バロック様式など、様々な様式の建築が、芸術・文化施設、カントリーハウス、行政庁舎、教会、商業施設、ホテル等で、競うように建設されました。ILNと同じ年に創刊された “The Builder” をはじめ、”The Architect”, “The Architectural Review”, “British Architect”, “The Building News” 等の建築雑誌が続々と創刊され、ジョン・ラスキンの『建築の七灯』に代表される建築批評が盛んになったヴィクトリア朝時代にあって、ILN は建築ジャーナリズムの一翼を担っていました。
大英帝国の図版メディア
ILNの図版製作は、国内外に派遣され、現地で大量のスケッチを描く特派員としての画家と、彼らから送られてくるスケッチを図版に仕上げるロンドンの工房スタッフの分業体制の下で運営されていました。
中でも、海外の戦場に送られる従軍画家は “Special Artist”として紙面でも特別に遇されました。クリミア戦争の前線を報じた『タイムズ』特派員ウィリアム・ハワード・ラッセル(William Howard Russell)とともに従軍記者が誕生したのと同様に、ILN特派員ウィリアム・シンプソン(William Simpson)、ロバート・トマス・ランデルス(Robert Thomas Landells)、ジョゼフ・アーチャー・クロウ(Joseph Archer Crowe)、エドワード・アンジェロ・グッドール(Edward Angelo Goodall)によるクリミア戦争のスケッチは従軍画家の誕生を告げるものでした。クリミア戦争以後も戦争が起こるたびに特派員を派遣した ILN には、戦地を描いた図版に加え、現地の日常生活の図版も多数掲載され、現代人にとっての極めて重要な視覚的情報源です。
『タイムズ』が大英帝国の活字メディアとして同時代の世界の時論、公論に影響を与えたとすれば、ILNは大英帝国の図版メディアとして、現代人が過去の大英帝国をイメージする際に大きな力になっています。
文芸記事、時評、コラムも充実
ILN は短編小説、連載小説など文芸記事も充実しています。
寄稿者には、チェスタトン、ウィルキー・コリンズ、コンラッド、コナン・ドイル、ハーディ、ヘンリー・ジェイムズ、キップリング、サマセット・モーム、ジョージ・メレディス、R.L.スティーヴンソン、トロロープ、H.G.ウェルズなど有名作家の他、スティーヴン・クレイン、ホーソーン等のアメリカ人作家、女性作家もいます。
また、時評やコラムも見逃せません。特に ILNの看板コラム「我々の覚書(Our Note Book)」は、その 100 年の歴史で担当したのはわずかに 4 人にすぎず、3 代目のチェスタトンは 31 年間、4 代目のアーサー・ブライアントは 49 年間に亘り執筆を続けました。その他、謎の美術批評家グループ “P.R.B.” がラファエル前派の意味であることを突き止めたことで有名なゴシップ・コラム「巷談・雑談(Town Talk and Table Talk)」、同じくゴシップ・コラムで、ジョージ・オーガスタス・サラらが、有名人のマナー、流行などの話題に鋭く切り込んだ「一週間のこだま(Echoes of the Week—Literary and Social)」、女性解放に生涯を捧げたフローレンス・フェンウィック・ミラーが 32年間に亘って健筆を揮った女性向けの「淑女のためのコラム(The Ladies’ Column)」が有名です。
特集号や補遺も含め完全揃いで提供
ILNは通常の号以外に、折に触れて特集号や補遺を刊行しました。特集号は、万国博覧会のような国際的なイベント、国内外の王室の式典、国民的英雄や桂冠詩人の逝去の際に臨時増刊号として刊行され、総力取材によって主題を多角的に掘り下げています。年末恒例のクリスマス特集号を含め、これらの特集号の数は、19世紀だけでも 400号以上に及びます。本データベースは、特集号や補遺を含めた形で、創刊号から終刊号まで完全揃いで搭載されています。古書市場でもフルセットで出回ることが難しい ILNを完全な形で閲覧できるのは、本データベースをおいて他にありません。
『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース』で辿るイギリスの歴史
本稿より数回にわけて、ILNの記事を通じて19世紀以降のイギリスの歴史を辿ります。ILNが印象的な図版と共にのこした歴史的な出来事の記録をおたのしみください。
1842 ILN 創刊
「イラストレイテッド・ロンドン・ニュース、木版画 30 枚、土曜日発売」と書いたプラカードを街頭で 200 人に掲げさせ、創刊号を宣伝した。(May 16, 1942)
ILN が創刊された年、クローデがヨーク公記念碑から撮影した一連の写真を基に木版画家が作成したロンドン市街のパノラマ画を購読者に販促用に寄贈、一大センセーションを巻き起こした。上はヨーク公記念碑から北を、下は南を一望した画(May 16, 1942)
1844 王立取引所落成
ウィリアム・タイト設計のギリシア神殿風建築 (August 24, 1844)
1845 ソルトヒル殺人事件
殺人事件の犯人逮捕に電信が役立ち、その効用を世に知らしめた(January 11, 1845)
1851 ロンドン万国博覧会
ジョゼフ・パクストン設計の鉄とガラスの建築、クリスタル・パレス (August 2, 1851)
1854 パディントン駅改装
クリスタル・パレスの先例に倣ったイサムバード・ブルーネル設計の鉄とガラスの駅舎(July 8, 1854)
1858 国会議事堂時計塔(ビッグベン)完成
時計塔に吊される新しい鐘の運搬作業 (November 1, 1856)
1858 テムズ川大臭気
大臭気を契機にテムズ川沿岸に整備された大排水路(November 30, 1861)
テムズ川のパノラマ (January 11, 1845)
1860 ヴィクトリア・タワー完成
ヴィクトリア・タワーからの上下両院議事堂の眺望。チャールズ・バリー設計のゴシック様式(January 28, 1860)
1863 ロンドン地下鉄開業
メトロポリタン地下鉄道の開業前の試験走行(September 13, 1862)
1864 チャリング・クロス駅開業
チャリング・クロス・ホテルと駅舎。客室 200 室以上の当代有数の大規模ホテル (June 11, 1864)
次回は1866年から1881年にかけての図版を取り上げます。
(センゲージ ラーニング株式会社)
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