人文社会系研究

長引くコロナ禍の今だからこそ着目したい、公衆衛生対策の原点『厚生統計月報』

2022.02.17

占領軍と公衆衛生

2019年の発生以来、新型コロナウィルス感染症の蔓延は、私たちの社会の仕組みや風景を大きく変えました。これまで何度か感染拡大の波を繰り返してきましたが、その都度、感染者数、ワクチン接種状況、病床使用率などが逐一報告され、公衆衛生の観点から対策が講じられてきました。

ところで、具体的な対策を講じるには、当然ながら根拠となるデータを集めなければなりません。今では当たり前のことですが、わが国の公衆衛生の歩みを振り返ってみると、当初は心もとない状況でした。

日本に公衆衛生(Public Health)の考え方が取り入れられたのは、占領当局GHQの方針によります。不衛生な環境下で伝染病が広がりを見せる中、GHQは占領軍兵士の生命と健康を守るためにも抜本的な対策に乗り出します。しかし、当時参考にできるデータといえばマクロな人口動態調査くらいしかなく、分析と対策の精度を高めるために改善が必要と判断します。そこで、調査統計業務の所管官庁を総理庁から厚生省に移管し、公衆衛生分野に比重をかけて各種の疾病統計を整備していきました。

公衆衛生の基礎統計資料

戦前の日本では、人口の実態を調査することで人口問題、人口政策など社会的見地から統計を利用することが主でした。ところが敗戦を経て占領下になると、米英主導のもとで死因統計を主体とする医学的見地から統計を活用し、公衆衛生行政を展開することに重点が置かれることになりました。

こうして、日本に公衆衛生の基礎データ整備の機運が生まれることになったわけですが、これによって毎月の定例報告として公表されることになったのが『厚生統計月報』なのです。

厚生統計月報創刊号

『厚生統計月報』創刊号

『厚生統計月報』は1947年4月に創刊されています。占領下ということもあってか、誌名や発行者に英文が併記されているのが目を引きます。以後、独立回復後の1958年に至るまで、全135号が10年以上にわたり定期的に刊行されました。

戦後初期の感染症対策の実態

実際にどのような統計・調査が行われていたかの一端がわかる紙面をいくつかご紹介しましょう。

厚生統計月報昭和23年1月都道府県別疾病別伝染病患死者調

「昭和23年1月都道府県別疾病別伝染病患死者調(厚生省予防防疫課調)」(第2巻第1号、1948年4月)

これは1948年1月時点の伝染病患者および死者の都道府県別統計です。

コレラ、赤痢、腸チフス、パラチフス、痘瘡、発疹チフスといった伝染病の種類ごとに統計が取られており、この時点では赤痢や腸チフスが猛威を振るい、高い割合で死者が出ていること、その一方でコレラ患者はいないことなどが読み取れます。

伝染病はGHQが日本政府に統計整備を命じるきっかけとなった重大関心時であったこともあり、創刊号から終刊号まで欠かすことなく毎月掲載されており、病原ごとの流行の時系列推移が手に取るように把握できます。

厚生統計月報ツベルクリン反応、B.C.G.接種状況月報

「ツベルクリン反応、B.C.G.接種状況月報(昭和22年12月分、厚生省予防局予防課調)」(第2巻第1号、1948年4月)

次に紹介する表は、当時「国民病」として恐れられていた結核の感染を予防するために実施されたツベルクリン反応とBCG予防接種の接種状況を都道府県別にまとめたものです。地域別の偏差がわかるとともに月次の推移も追うことができるため、効果的な対策実施に寄与した統計データです。

病院や保健所の逼迫状況がよくわかる

厚生統計月報病院月報、都道府県別、病院数、病床数、入退院患者数

「病院月報、都道府県別、病院数、病床数、入退院患者数(厚生省大臣官房統計調査部製表課衛生統計班調)昭和26年1月」(第5巻第1号、1951年1月)

昨今のコロナ禍では病床の逼迫が大きな問題となっていますが、占領当時も各種病院統計が豊富に作成されています。この表では、病院数、病床数の月初値、月末値、平均値が記録され、入院患者の延べ数、新規入院患者数、退院患者数、外来患者数が都道府県ごとに調査されています。

厚生統計月報月別保健所事業成績表

「月別保健所事業成績表(昭和23年4月-12月)」(第3巻第1号、1929年4月)

当時の保健所の状況も一目瞭然です。この表は各月の健康相談件数、集団検診件数、患者治療件数、所内クリニック開設日数、保健婦家庭訪問日数などを結核、性病、歯科、妊産婦、乳児、幼児の種別ごとにまとめたものです。

これらの統計データを時系列で重ね合わせながら分析することで、国民の健康状態や各種疾病の流行傾向を正確に把握し、公衆衛生上の施策を的確に行うことが可能となりました。そして、およそ70年が経過した今も『厚生統計月報』に記録されたデータを通じて、保健衛生の危機に直面した当時の社会の実相を知ることができるのです。

以上ご紹介したように、『厚生統計月報』は解釈や分析が入る前の膨大な生データの集合体として、幅広い研究分野で今後活用される可能性が開かれています。

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『厚生統計月報』(全3回配本)は第2回配本まで刊行済です。第3回配本は2022年7月に刊行予定です。内容の詳細については内容見本もご覧ください。
Book Web Proリンク:第1回配本 第2回配本

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