人文社会系研究

【連載】歴史ドラマ時代考証担当者と現役大学院生が語る『ジャパンナレッジ版 史料纂集・群書類従』活用法 第1回

2024.12.26

2025年1月10日に、JKBooks「Web版史料纂集第3期」がリリースされます。これを記念して、リリース約2カ月前の2024年11月21日に図書館総合展で、大学院生の百瀬顕永氏、歴史ドラマ時代考証担当者の大石泰史氏をお招きしフォーラムを開催しました。※

本連載では、そのうちの一部を編集、抜粋してお届けします。

第1回は大学院生の百瀬 顕永氏による講演、「辞書にない言葉をどう調べるか」(前編)をお届けします。「Web版史料纂集」を史料読解にどのように活用しているのか、実際の利用者の視点からご紹介いただきます。

【百瀬 顕永氏】國學院大學大学院文学研究科博士後期課程史学専攻。鎌倉時代史を専攻。

※本フォーラムの動画はこちらで公開しております。

「辞書にない言葉をどう調べるか」

私は大学院で日本中世史、特に鎌倉時代史を専攻していますので、日常的に史料を読んで、それに関係した調べ物をしています。

その際、史料を読んでて分からない言葉が出てきたら、当然ですが、基本的には辞書を引くということをします。ただ、「どの辞書を調べても意味が載っていないな」という場合にも、それなりの頻度で遭遇します。

その場合は意味を自分なりに考える必要がありますが、今回はその「自分なりに考える」ためのツールとして史料読解をより精緻にさせるためのデータベースの活用法をご紹介します。

日本中世史という狭い分野からの話ですが、ほかの分野にも共通するのではないかと思います。卒論・修論の執筆を控えている方、そういう方のレファレンスを受ける方にも多少は役立つのではと思いますので、よろしくお願いします。

辞書にない言葉①「反鼻(へんび)」

さっそく、辞書にない言葉① 「反鼻」の話にうつります。

テーマを設定する:上皇の「移徙(いし)、(わたまし)」について調べる

突然ですが、あなたは大学で、上皇の「移徙(いし)、(わたまし)」について卒業論文を書く、ということになったと想定しましょう。移徙とは、簡単に言えば「引っ越し」のことです。当時の天皇・上皇の引っ越しというのはある種の儀礼でもあったため、引っ越し先では様々な手続が付帯して行われていました。

そういう儀礼やその参加者をみていくことで、当時の貴族社会をみることもできるのではないかと考えこのテーマを選んだ、ということにいたします。

史料を読む:「Web版史料纂集」を使って貴族の日記を読む

テーマが決まったら、関係する先行研究と史料を見つけて読むという段階に移ります。先行研究を探すやり方はここでは省きますが、史料を見つけて読む場合、どんなことをすればよいでしょうか。

移徙には貴族が多く参加していたため、当時の貴族の日記を読めば記事が多く見つかりそうです。日記を総めくりするのも全然悪くはありませんが、現在はデータベースならではのやり方として、「Web版史料纂集」で「移徙」というキーワードで全文検索することで、作業を補完、ないし簡略化させることができます。

実際に「移徙」で検索してみた画面がこちらです。201件も出てきます。ここから年月日でわけたり、時代区分でわけたりして、自分のテーマにより合った記事を取捨選択できそうです。

「Web版史料纂集」、「移徙」の検索結果一覧

「移徙」で「Web版史料纂集」を検索することで、事例収集作業を補完することができました。

記事を精読する:意味の取れない言葉「返鼻」との遭遇

次は見つかった記事を詳細に検討していく段階です。

『史料纂集』以外の史料も含め様々な史料を調べていて見つけた記事の中に、『経俊卿記(つねとしきょうき)』※の正元元年(1259年)8月11日条に後嵯峨上皇の移徙の記事が見つかりました。

【原文】次供御前物、(中略)陪膳権大納言〈師継、〉取折敷参仕、役送参議伊頼卿・時継卿・顕雅卿・経俊・高定朝臣以下勤之、反鼻役之、

【読み下し】次いで御前物を供す。(中略)陪膳は権大納言〈師継。〉折敷を取り参仕す。役送は参議伊頼卿・時継卿・顕雅卿・経俊・高定朝臣以下これを勤む。「反鼻」これを役す。

【訳】次いで(後嵯峨上皇に)御前物を供えた。陪膳は権大納言〈師継。〉が折敷を取って参仕した。役送は参議の伊頼卿・時継卿・顕雅卿・経俊・高定朝臣以下が勤めた。

解説すると「御前物」は上皇にそなえるお膳のことで、「陪膳」というのはその御膳を上皇のもとに配置する役、「役送」というのは陪膳役の人のところまで御膳を運ぶ係のことです。

最後の「反鼻」は日記にあまり出てくる言葉ではなく、意味がよく分かりません。そこで『日本国語大辞典』で「反鼻」という言葉を引いてみました。

※『経俊卿記(つねとしきょうき)』は「Web版史料纂集」に収録されていません。

『日本国語大辞典』で「返鼻」を調べる

『日本国語大辞典』では以下の2つ意味を掲載しています。

①蝮(まむし)または蛇(へび)の異名

②(→扁皮)舞楽「輪台」「青海波」で用いる楽器

ただ、先ほどの史料の場合、御膳を運ぶ場面でいきなりヘビや舞楽の話が出てくるとは考えにくく、いずれも意味としては合わないと判断されます。他の辞書も同様でしたので、今回遭遇した「反鼻」という言葉は、「辞書にない言葉だ」ということになります。

「Web版史料纂集」で「反鼻」の用例を収集する

辞書にない言葉を調べるとは、辞書を編纂する時と同じ作業をすることになります。具体的には他の史料から用例を収集し、意味を考えるということをします。これを冊子体の史料で行うと、ページを総めくりしなくてはならずとても大変です。

想像してみてください、一つの単語の用例を拾うためだけに何百冊もの『史料纂集』や『群書類従』を総めくりするのは、ハードルがすごく高いです。

ですが、データベース化によって用例収集はとても簡便になりました。「Web版史料纂集」で「反鼻」を検索してみましょう。すると18件の事例がヒットします。その18件をさらに吟味すると、先ほどとりあげた『経俊卿記』と同じ意味で使われていると思わしき用例が、16件ありました。

「Web版史料纂集」、「反鼻」の検索結果一覧

「反鼻」で調べている実際の画面ですね。青い枠で囲った一つを読んでみます。

『勘仲記』という日記の、建治3年(1277)正月9日条の記事です。

【原文】役送隆博朝臣・範賢朝臣・予・顕家・親基、不足之間上首三人反鼻、

【読み下し】役送は隆博朝臣・範賢朝臣・予・顕家・親基。不足のあいだ上首三人反鼻す。

先ほどと同じように御膳を運ぶ場面です。「不足のあいだ」というのは、「不足していたので」という意味です。

この文を読むと、運ばなくてはならない御膳の数に対して、役送の人数が5人では足りなかったため、3人が「反鼻」することになった、と理解することができます。そうすると、出てくる5人の役送のうち、上位の3人は、陪膳のもとに御膳を運んでから、御膳がもともと準備されている場所に戻り、再び御膳を運んだ、と解釈できます。

他の用例も、どれも「反鼻」を「戻る」と理解すると文意がよく通るようになります。そのため「反鼻」という言葉が、これらでは「戻る」ことを意味する動詞なのだということが分かりました。

まとめ

「反鼻」のまとめです。

動詞としての「反鼻」の意味は、辞書には載っていませんが、「Web版史料纂集」を用いた用例検索と検討によって、「引き返すこと、立ち戻ること」を意味する言葉であったことが分かります。他の用例からすると、恐らく「ヘンビ」ではなく「鼻をかえす」と訓読していたのだろうと思います。

用例検索によって、史料解釈に深みを増すことができる一例をご紹介しました。

連載第1回目「辞書にない言葉をどう調べるか」(前編)をお届けしました。次回は後編をお届けします。