2019(平成31)年度が始まってから3週間が過ぎた。本稿がウェブサイトに掲載される頃には元号も改まり、令和元年となっていることであろう。新元号狂騒曲の喧しい中、新年度を迎え、新たな環境で生活をスタートした人も、そうでない人も落ち着いた日常を取り戻しつつあるであろうか。かくいう筆者が勤める中央大学では、いくつかの新しい事件を経験しており、日常はもう少し先になるかもしれない。
その事件の1つは国際情報学部と国際経営学部という2つの新しい学部が産声を上げたことである。1993年に総合政策学部が設置されて以来なので、実に四半世紀ぶりということになる。2つ目に100分授業が始まったことである。1年生にとってはそれが当たり前かもしれないが、90分授業に慣れ親しんだ2年生以上の学生、教職員は果たして順応しているであろうか。そして、このことが3つ目の大きな「事件」を生んだ。多摩都市モノレールの大混乱である。
本学の最寄り駅は、多摩都市モノレールの中央大学・明星大学駅である。両大学の学生の多くがこの駅を利用しているが、明星大学の1時間目は9時開始、本学は9時20分開始ということもあり、これまで大きな混乱はなかった。ところが、今年度から100分授業に移行した結果、本学の授業開始も9時となってしまった。折悪しく、授業初日の4月10日は悪天候であったこともあり、旅客数が増え、乗換駅である多摩センター駅や高幡不動駅での混雑、それに伴う積み残しにより、多摩都市モノレールで大きな遅延が発生した。このことは、インターネットのニュースサイトでも取り上げられたほどである1)。
そうしたいくつもの事件の最中、先日、日本図書館協会より『図書館雑誌』2019年4月号が送られてきた。今号の特集は「これから図書館で働く人たちへ」(p.201-217)である。特集の冒頭でも紹介されているとおり、「図書館への就職を目指す人たちに対して、先輩職員の声を紹介し、資格取得や採用試験の準備に役立つ情報を提供することを目的」(p.201)とした企画である。11名の若手職員が論考を寄せており、各1ページと短いながらもそれぞれの思いが認められていて興味深い。また、特集の冒頭では筑波大学図書館情報メディア系講師の大庭一郎氏が図書館職員採用試験に向けた学びについて、これまでの実践や経験を踏まえながら、情報を提供している。本特集は、これから図書館職員を目指す人だけでなく、図書館実務に就いている人々にとっても、初心を振り返ったり、若手職員が目指す理想から気づきを得たり、職員研修の方向性を検討する材料にしたりするなど、さまざまな有益な視点が得られるものと考える。
さて、本特集に続いて、出版委員会による「新図書館員に贈る! 出版委員のおすすめ本」(p.217-218)という企画が掲載されている。今度は、図書館への就職を目指す人から新しく図書館員になった人に主役が入れ替わっている。4月号という意味でも趣向を凝らした構成である。
本企画では新図書館員に向けて、出版委員7名が各々2冊の本(資料)を紹介している。そのうちの1冊は日本図書館協会の出版物という点は、さすがに出版委員会の企画と言える。ここにそれらを列挙してみよう。読者のみなさんはどのくらい手にしたことがあるであろうか。
■長谷川豊祐氏(図書館笑顔プロジェクト)
悦子・ウィルソン著, 小川俊彦編.『サンフランシスコ公共図書館 : 限りない挑戦』日本図書館協会, 1995.
F. W. ランカスター著, 植村俊亮訳.『紙なし情報システム』共立出版, 1984.
■石井保志氏(健康情報棚プロジェクト)
植村貞夫 [ほか] 著.『よい図書館施設をつくる』日本図書館協会, 2010. (JLA図書館実践シリーズ, 13).
羽仁五郎著.『図書館の論理 : 羽仁五郎の発言』日外アソシエーツ, 1981.
■大谷康晴氏(日本女子大学)
漆原宏著.『ぼくは、図書館がすき : 漆原宏写真集』日本図書館協会, 2013.
内野康彦著.『図書館長論の試み : 実践からの序説』樹村房, 2014.
■小田光宏氏(青山学院大学)
日本図書館協会図書館ハンドブック編集委員会編.『図書館ハンドブック』第6版補訂2版. 日本図書館協会, 2016.
日本図書館情報学会用語辞典編集委員会編.『図書館情報学用語辞典』第4版. 丸善出版, 2013.
■鈴木宏宗氏(国立国会図書館)
ベス・マクニール, デニス・ジョンソン編, 中野捷三訳.『図書館の問題利用者 : 前向きに対応するためのハンドブック』日本図書館協会, 2004.
柳与志夫, 田村俊作編.『公共図書館の冒険 : 未来につながるヒストリー』みすず書房, 2018.
■樋渡えみ子氏(東京都立多摩図書館)
日本図書館協会図書館年鑑編集委員会編.『図書館年鑑』日本図書館協会. 年刊.
金髙謙二著.『疎開した四〇万冊の図書』幻戯書房, 2013.
■蓑田明子氏(東大和市立上北台公民館)
結城俊也著.『パッと見てピン! 動作観察で利用者支援 : 理学療法士による20の提案』日本図書館協会, 2017. (JLA図書館実践シリーズ, 36).
加納尚樹著.『ホテルに学ぶ図書館接遇』青弓社, 2018.
これに倣って、筆者も1冊ずつ挙げてみたい。まず日本図書館協会発行のものからは藤野幸雄編著『図書館を育てた人々. 外国編Ⅰ. アメリカ』(1984)を取り上げる。筆者が大学院で図書館情報学に取り組み始めたときに感じたのは、アメリカの図書館界に多くの範をとっているということである。そのアメリカでの理論や実践に触れるにつれ、当然のことではあるが、そこにはさまざまな図書館員や図書館学研究者が関わっていたことを知る。まさに本書のタイトルのとおりである。26名が簡潔に紹介された本書は、アメリカの図書館を形作ってきた痕跡を知ることができ、興味深い1冊である。
もう1冊は、門井慶喜著『おさがしの本は』(光文社文庫, 2011)で、公立図書館のレファレンス担当を主人公とする小説である。ある時、財政難から図書館廃止が持ち上がり、それを推進する図書館長がやってくる。図書館長の指摘がいちいち的を射ている中、廃止阻止に向けた主人公の対応は、小説としての面白さと同時に、図書館の存在意義そのものを考えさせられる。毎年、図書館情報学の初学者にお薦めしている1冊である。
さて、今号の『図書館雑誌』は全体を通じて興味深い内容であるが、最後にぜひ「編集手帳」欄(p.256)にも目を向けたい。編集委員の渡辺由利子氏は、若手職員から寄せられた文章から1つの気づきを得ている。すなわち、多くの人が図書館での経験から図書館で働くことを志望していること、それは図書館員の同質性を招き、ひいては新たなサービスを開発するときの欠点に繫がりかねないという点である。これを踏まえ、渡辺氏は図書館での活動を現に働く図書館員自身が変えることで新たな図書館像を創り出し、それによって相応の人材をひきつけてはどうかと提案する。鶏が先か卵が先かに似た課題ではあるが、図書館員自身が変わる、図書館員自身が変えるというのは当然の帰結とも言えよう。
『おさがしの本は』では図書館長という外から新たな人が加わり、化学変化を起こした。新年度のスタートにあたって、読者のみなさんはどのような新たな風を感じたであろうか。
(中央大学 文学部 教授 小山憲司)
注・引用文献
1) “「#もとの時間割に戻せ中央大学」最寄り駅で阿鼻叫喚のワケ”. J-CASTニュース. 2019-04-10. https://www.j-cast.com/2019/04/10354900.html, (参照2019-04-23).