図書館をつくる

『新入生に贈る100冊』-関西大学における読書推進の事例-

2019.08.30

『新入生に贈る100冊』とは?

関西大学では、2018年度より『新入生に贈る100冊』という読書啓発の取組を実施しています。本取組は、若者の読書離れを危惧し、学長と大手書店である丸善雄松堂、紀伊國屋書店が協働し、新入生に是非、読んでほしいおすすめの100冊を掲載した冊子を、入学式で新入生に配布しているというものです。

大学図書館で勤務されている方には、図書館主導の取組と思われがちなのですが、あくまで全学的な読書推進活動の一環です。しかし、図書館にとって絶好の機会であることはいうまでもなく、積極的に関与しています。

ここでは、本学の『新入生に贈る100冊』について担当者の立場からご紹介させていただきます。

 

読書推進への思い

本学の芝井敬司学長は、毎年、学部入学式の式辞において、学生に本との出会いの大切さや読書の意義を示唆する式辞を述べられています。

図書館として、サービス担当者として、学長の読書に対する思いにコミットできないか思案し、昨年度に具現化したのが『enjoy ebook everyday』という6か月にわたる電子書籍のTrial Readingでした。当時、図書館では、利用者に対する能動的なアプローチが行えていなかったため、『enjoy ebook everyday』を単なるTrial Readingで終わらせることなく、多様な関連企画を行う方向で準備を進めていました。

その最中に、大学として『新入生に贈る100冊』の企画が持ちあがり、図書館として、当然ながら協力することとなりました。『enjoy ebook everyday』は電子書籍、『新入生に贈る100冊』は冊子体をクローズアップしているものの「読書を推進したい」という根幹は同じものです。

 

電子書籍の可能性

私の中では、『enjoy ebook everyday』を長期間実施したことで、電子書籍が徐々に定着してきたという一定の手応えがありました。とはいえ依然使いにくいという声が大半を占めるのも事実です。しかし、今後、高いデジタルリテラシーを持ち、電子書籍を違和感なく使いこなす学生が増大するのは自明の理であり、このまま終わらせるのではもったいない、関西大学図書館の新たな強みにできないかという思いが芽生えました。

その矢先に、2019年度版『新入生に贈る100冊』を発刊するにあたり、学生に読書をもっと身近に感じてもらえるアイデアがないかと問われ、「100冊の本を電子書籍で提供しましょう」と即答しました。ナイスアイデアと自画自賛したくなりましたが、後に茨の道へと通じることになるとは、この時点では思いもよりませんでした・・・

 

電子書籍提供の苦労

『新入生に贈る100冊』は学長推薦分20冊、丸善雄松堂推薦分40冊、紀伊國屋書店推薦分の40冊から成ります。当初、丸善雄松堂推薦分はMaruzen eBook Library、紀伊國屋書店推薦分はKinoDen、学長分についてはいずれかのプラットフォームを用いれば、大方は賄えるであろうと楽観視していました。

ところが、学長推薦分については、大半が電子化されておらず、出版社との交渉は極めて難航しました。また、書店推薦分についても冊子体での提供と遜色のないものとするため、幾度となく打ち合わせと調整を重ねました。結果として、ラインナップを増やすため、本学では導入していなかった電子図書館サービスLibrariEも導入しました。

最終的には、学長推薦分もおおよそ半数は電子書籍で提供ができ、なんとか形になったというのが実感です。これもひとえに両書店や関係部署によるご尽力の賜物です。

 

危機感の共有

『新入生に贈る100冊』を中心とした読書啓発活動を推進できるのは何よりも読書離れに対する危機感を学内外で共有しているからだと考えています。

学内では、関係部署との連携協力もさることながら、在学生の父母・保護者によって組織される教育後援会より『新入生に贈る100冊』に挙げられた電子書籍をご寄贈いただきました。「少しでも多くの学生に100冊の本に触れてほしい」という意図を汲み、ご支援いただけたことで『新入生に贈る100冊-電子版-』という常設のホームページを設け、いつでもどこでも100冊を読む環境を提示することが可能となりました。

本学の教育後援会は、朝日新聞出版が発行する「大学ランキング2020」において「保護者会参加者数」の項目で1位の実績を誇る全国最大規模の保護者会ということもあり、学生にとって最も身近な存在である保護者の方から強い後押しをいただいている思いがしています。

輪の広がり

『新入生に贈る100冊』の関連企画として、今年度、紀伊國屋書店ご提供の下、「本問答」という読書啓発企画を実施しています。これは、『新入生に贈る100冊』からピックアップした1冊の本の編集者の方をお招きし、本の内容を深く掘り下げていくという企画です。内容に加え、制作にまつわるエピソードや編集の舞台裏まで様々な角度からお話しいただくことで、その本を深く知ることが目的です。また、読者の率直な質問や感想を編集者の方に直に伝える、本を通じた人の交流という側面も意図しています。

先日、ロバート・D.パットナム著「われらの子ども-米国における機会格差の拡大」(創元社)の編集者、小野紗也香さんをお迎えして第1回目を実施し、80名近くの参加者がありました。このような企画ができるのは、我々の働きかけに読書離れを危惧する出版社の方々が、共感してくれたことに他なりません。

 

さいごに

本学の『新入生に贈る100冊』を中心とした読書推進の取組について書いてみました。読み返すと、四方山話を書き連ねただけのような気もしますが、本学が若者の読書離れを危惧し、アクションを起こしていることを少しでもご理解いただければ幸いです。
担当者としては、紙の本であれ、電子書籍であれ、若者に本を読んでほしいというシンプルな思いがあり、周りの方の助けを借りながら、「読書を啓発する」という大義の下、何とか形にしているというのが実情です。

そもそもは、私と両書店の担当者による立ち話から始まった協働の枠組みが、今後、本を取り巻く業界全体にゆっくりでも広がっていけば嬉しく感じます。
将来、この拙文をお読みいただいた方々と協働するような機会があるかもしれません。その際は、よろしくお願いいたします。

 

(関西大学 図書館事務室 サービス担当 北野 正人)