自然科学

漠然とした新たな脅威:気候科学と外交政策の交わりを辿る

2019.12.24

2019年初め、アメリカ国防総省と同国情報コミュニティは、人類の引き起こした気候変動が国家安全保障上の脅威とグローバルな不安定さを既に増大させているとの警鐘を鳴らす報告書を発表しました。この問題は、悪化に至るまでまだ数十年は要するものと予想されていました。報告書では、海面上昇による太平洋諸島の米軍基地の水没、過酷な干ばつによる東アフリカでの紛争拡大や、北極海の海氷が溶けだす事による米中露3カ国の天然資源をめぐる争いの再激化といった影響が列挙されています。

気候変動により紛争や不安定さが増加し続けているものの、脅威そのものは特に目新しいものではありません。1980年代初頭、アメリカ海軍大学(U.S. Naval War College)は、地球温暖化と米国の安全保障の関係の調査に着手しました。そしてそれ以前から、数千の海外報道や出版物を監視、記録、英訳する役割を担った米国中央情報局(CIA)の一部門が、この問題に関する国際的な研究動向を追いかけていました。今日、Climate Science and Sustainabilityでみることができるこれらの報告書は、世界各地の政府が時の経過と共に増大する気候変動の脅威にどう反応してきたかに関心がある研究者にとって、非常に魅力的なアーカイブ資料です。

CIAの関心をひいた最初期の出版物の1つは、Bulletin of the Academy of Sciences USSRに掲載された1965年の文書です。この文書の結論は驚くべき先見の明を持ったもので、著者達は氷河の後退、「異常に温暖な天候」(unusually warm weather)や「世界の海洋の水位の顕著な上昇」(“a notable eustatic rise in the level of the world ocean”)について述べています。高地では「以前には見られなかった魚の種類、様々な植物、鳥類、ほ乳類が姿をみせるようになってきた」(there began to appear species of fish ,various types of plants, birds and mammals which were not ther formerly)と続けています。

From Climate Science and Sustainability: Global Origins of Modern Environmentalism, 1957-1995

そのわずか1年後にモスクワで刊行された出版物は、これらの観察をさらに一歩進め、以下のように問いかけています。「気候や天候に影響を与えることは可能だろうか。」(Is it possible to influence the climate and the weather?)もし本当に人類が大気を変化させることができるのであれば、おそらく大気中に炭素粒子を注入することで、各国政府は「生活環境の改善のために気候の変化が必要な地域において」(in places where this is necessary for improving living conditions) 意図的に気候変化を起こしつつ、「人間の生活に適したものとなるよう起こりうる気候悪化」(possible changes in those regions…favorable for human life)を防ぐこともできるだろうと述べています。著者たちは、この事は「共産主義の時代」(Age of Communism)の前進に不可欠であろうと表明しています。

From Climate Science and Sustainability: Global Origins of Modern Environmentalism, 1957-1995

ソ連の科学者たちは、北極地方は世界の他の地域より早く温暖化が進むと、正確に予言しました。1989年、モスクワで出版されたProblemy I Resheniyaの論文は、この現象の社会政治的な影響を理解するためにさらに研究を行うことを勧めています。例えば、極地での気候変動は、無線通信に障害を引き起こす可能性があります。これは「国家経済の重要な問題」(an important national-economic problem)です。

From Climate Science and Sustainability: Global Origins of Modern Environmentalism, 1957-1995

温室効果ガス排出の影響に関する研究が進むと、他の大国も自国の利益を、気候変動という新しくかつ漠然とした脅威から守るために行動しはじめました。ロンドンで刊行された出版物West Africaに掲載された1979年の記事は、1972年から翌73年にかけてのサヘル地域の大旱魃のように、「人類の経済活動」(economic activities of man)は気候やその激変と常に結びつき、アフリカの発展途上の経済に不安定さをもたらすであろうと述べています。

From Climate Science and Sustainability: Global Origins of Modern Environmentalism, 1957-1995

一方、1990年に日本の学際的研究チームは、地球温暖化が「エネルギー、産業、輸送、空気質、紫外線、健康、人類居住地」(energy, industry, transport, air quality, UV-B, health and human settlement)に問題をもたらす可能性がある、と記しています。

From Climate Science and Sustainability: Global Origins of Modern Environmentalism, 1957-1995

同じ年、日本の共同通信社は、日本政府が「地球温暖化に対抗する20カ年計画の一環として」(as part of a 20-year plan to combat global warming)2000年までに炭素排出量の上限を定める事を決定したと報道しました。

From Climate Science and Sustainability: Global Origins of Modern Environmentalism, 1957-1995

米国では、ジョージ・ブッシュ政権が類似の規制の制定への難色を示しました。しかし、ブッシュ時代からクリントン政権に代わると様変わりし、米国は気候変動への取り組みを強化し、地球温暖化に最も重い責任を持つ産業界に対応を急ぐよう促しました。例えばAustralian Financial Reviewのある論説記事は、オーストラリアが膨大な量の石炭を輸出し消費したため「大規模な温室効果ガスの排出削減は非常に大きなコスト負担をオーストラリアに課すであろう」(any significant reduction in the level of emission of greenhouse gasses will impose very significant costs on Australia.)と述べています。ビジネスは苦しみ、オーストラリアの経済全体に影響を及ぼすと著者は述べています。

From Climate Science and Sustainability: Global Origins of Modern Environmentalism, 1957-1995

この視点もまた先見の明があるものでした。来たる数10年のうちに、先進国の企業や政府によって同じことが言われるようになるでしょう。炭素排出量の上限や税の導入計画は停滞し、米国で安全保障上の脅威が諜報機関や様々な分野の研究者の関心を集めているように、気候変動は各国において政治的問題となるでしょう。

 

Climate Science and Sustainability: Global Origins of Modern Environmentalismは、新しいOrigins of Modern Science and Technologyシリーズのユニークな5つのデジタルコレクションの1つで、各コレクションは文理両分野における情報の宝庫です。さらに詳しいことを知りたい場合は、紀伊國屋書店までお問い合わせください。

※本稿のオリジナルサイトはこちら
※Origins of Modern Science and Technologyのご案内ページはこちら
※出版社のページはこちら

お問い合わせはこちら

Krista Langlois
(翻訳 紀伊國屋書店 書籍・データベース営業部)