人文社会系研究

連載:The Illustrated London Newsでみる事故報道

2017.08.12

図版資料は、都市の景観、社会風俗、日用品などを視覚的に伝えるだけでなく、当時の集団的な無意識まで浮かび上がらせる貴重な資料です。歴史的な図版資料は日本でも多数発行されてきましたが、それを代表するのが「風俗画報」です。欧米の図版資料と「風俗画報」を比較することによって、一方の資料だけでは見えてこない部分が見えてくるかもしれません。

センゲージ ラーニング株式会社 Galeは、イラストレイテッド・ロンドン・ニュース(The Illustrated London News, 以下 ILN)に代表される欧米の図版資料をデータベース化して多数提供しています。この連載でご紹介している”The Illustrated London News Historical Archive”は、ILNの原紙をスキャニング、テキストをOCR処理を施し、フルテキスト検索を実現しています。様々な条件を設定して検索できるため、探している記事に容易にたどりつくことができます。キャプションを範囲指定して検索することもできます。図版はフルカラーで再現しています。ILN など欧米の図版資料と「風俗画報」を特定のテーマでご紹介する本企画では「万博博覧会」「起源・始まり」に続き、「災害・事故」についてご紹介しています。前回の自然災害に続き、 今回は事故を取り上げます。

ILNが創刊された19世紀半ば、繁栄を謳歌するイギリスでは、官庁の庁舎、駅舎、ホテル、教会、演劇ホール、橋など、多くの建築物が建立されました。新たに建築物が建立される度に、ILNは建物の図版、オープニングセレモニーの様子や新建築にまつわるエピソードを紹介しました。そのため、ヴィクトリア朝時代のILNには建設のイメージがつきまといます。しかし、建設には破壊や崩壊が伴います。建物の破壊や崩壊といった事故に関わるILNの図版を通して、ヴィクトリア朝の事故のイメージに迫ってみます。

過去の記事はこちら

『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース』小史(センゲージ ラーニング株式会社作成)はこちら

橋の崩落

以下に示すのは、橋が途中で寸断され、激しい波しぶきの中、人々がボートを操っている衝撃的な情景を描いた挿絵です。記事によれば、1879年12月28日夕刻、スコットランドのダンディー近郊にあるテイ川河口付近の鉄橋テイ橋を列車が走行中、強風により橋が崩落、75名の乗客が犠牲になりました。挿絵は小型蒸気船に乗って行方不明者の捜索に当たっているところです。

 

January 10, 1880

船舶の衝突

1878年9月3日、月明かりの中でテムズ川を遊覧していた大型遊覧船プリンセス・アリス号が、石炭運搬船バイウェル・キャッスル号と衝突しました。二つに分断されたプリンセス・アリス号の乗客はテムズ川に放り出され、乗客600名以上が犠牲になりました。挿絵は衝突した瞬間を描いたものです。

September 14, 1878

建物の崩落

次の挿絵は1902年4月5日、グラスゴーのアイブロクス・パークで国際サッカー選手権試合が開催されていたときに起こった事故です。会場の立見席が崩落、階段は人で溢れ、負傷者がタンカーで運ばれ、左側では横たわる怪我人に応急処置が施されています。ILNには挿絵以外の記事は掲載されていませんが、『ザ・タイムズ』の報道によれば、イングランド対スコットランドの試合を15,000人の観客が観戦中にスタンドが崩落、25人が死亡、500人以上が重軽傷を負ったということです。

April 12, 1902

炭鉱事故

ヴィクトリア朝の経済成長を支えたエネルギーは石炭です。ILNでは炭鉱事故もよく取り上げており、”Colliery Disaster”で検索するとヒットします。以下の挿絵は、ミッドランズ西部スタフォードシャーにあるライセット炭鉱で1880年に発生した事故を描いたもので、採掘場の入り口で炭鉱夫の帰りを待つ家族や友人が描かれています。

January 31, 1880

鉄道事故

石炭と並んでヴィクトリア朝の経済を支えたのが鉄道網です。最初に紹介したテイ橋の事故もそうですが、鉄道事故は炭鉱事故以上に頻繁に発生しました。”Railway Disaster”で検索すると、多数の記事がヒットします。以下で紹介するのは、ヨークシャーのドンカスターで、競馬のドンカスター・カップが開催される日に、列車と列車が衝突し、多数の死者を出した事故の様子です。挿絵は、人々が死者や負傷者を列車の外に搬出しているところを描いたものです。

September 24, 1887

建物火災

以下の挿絵は、1863年、イングランド北西部チェスターの取引所・タウンホールが火事で焼失したときのものです。早朝に出火し、消火隊の活動も虚しく火は勢いを増し、昼頃までに建物の主要部分が焼失しました。17世紀末に創建された、チェスターが誇る建築物でした。

January 10, 1863

ここに挙げた例はほんの一部で、Galeの”The Illustrated London News Historical Archive”データベースを使い、”Disaster”や “Fall”などの単語で検索すると、多くの記事がヒットします。ヴィクトリア朝というと繁栄、発展、建設のイメージで語られがちですが、これらの災害に象徴されるように、脆弱で不安定な構造も孕んでいました。ILNはヴィクトリア朝のイギリス社会のこのような側面も現代に伝えています。

(センゲージ ラーニング株式会社)

The Illustrated London News Historical Archiveについて詳しくはこちら

お問い合わせはこちら