図版資料は、都市の景観、社会風俗、日用品などを視覚的に伝えるだけでなく、当時の集団的な無意識まで浮かび上がらせる貴重な資料です。歴史的な図版資料は日本でも多数発行されてきましたが、それを代表するのが「風俗画報」です。欧米の図版資料と「風俗画報」を比較することによって、一方の資料だけでは見えてこない部分が見えてくるかもしれません。
センゲージ ラーニング株式会社 Galeは、イラストレイテッド・ロンドン・ニュース(The Illustrated London News, 以下 ILN)に代表される欧米の図版資料をデータベース化して多数提供しています。この連載でご紹介している”The Illustrated London News Historical Archive”は、ILNの原紙をスキャニング、テキストをOCR処理を施し、フルテキスト検索を実現しています。様々な条件を設定して検索できるため、探している記事に容易にたどりつくことができます。キャプションを範囲指定して検索することもできます。図版はフルカラーで再現しています。ILN など欧米の図版資料と「風俗画報」を特定のテーマでご紹介する本企画では、これまで「万博博覧会」「起源・始まり」「災害・事故」「王族の結婚式」についてご紹介してきました。今回は、前回に続き「結婚式」を取り上げ、結婚式の際の贈り物に注目してみます。
イギリス王女アリスとヘッセン大公国ルートヴィッヒの結婚
最初にご紹介するのは、ヴィクトリア女王の二女アリスとヘッセン大公国ルートヴィッヒの結婚式の際に贈られたものです。
まずご紹介するのは、台の上に牡鹿らしき動物を象ったものです。一見置物のようにみえますが、ペーパーウェイト(文鎮)です。牡鹿が乗っている岩の手前に小さく王冠が見えます。王冠のすぐ下には新郎新婦の紋章が象られています。台の部分はオーストラリアのブレア・アソール産の大理石で作られています。アソール公爵夫人からの贈り物です。
“Wedding Presents to Her Royal Highness Princess Alice” (July 19, 1862)
次に登場するのは、インドのカシュミール藩王デュリープ・シンから贈られた扇子です。記事本文には、図版に表現されていない豪華な装飾も詳述されています。それによると、薔薇の花と葉がルビーとエメラルドで象られ、その周囲には大きな真珠が散りばめられ、ライラック色のエナメルで浮彫細工が施されていました。さらに、新婦の洗礼名アリス・モード・メアリー(Alice Maud Mary)のイニシャル、A M Mがダイヤモンド、ルビー、エメラルドで象られていたそうです。
“Wedding Presents to Her Royal Highness Princess Alice” (July 19, 1862)
次は書物です。一番左に描かれているのは祈祷書で、その横にあるのは祈祷書を納めるキャスケットです。一番右はバグスターの『多国語対訳聖書』で、その横には同じく聖書を納めるキャスケットがあります。聖書はモロッコ革で製本された豪華なもので、留め金にはイギリスの国花である薔薇の模様があしらわれています。
“Wedding Presents to Her Royal Highness Princess Alice” (July 19, 1862)
イギリス皇太子アルバート・エドワードとデンマーク王女アレクサンドラの結婚
次にご紹介するのは、ヴィクトリア女王の長男の皇太子アルバート・エドワードとデンマーク王女アレクサンドラの結婚に際して、オーストラリアのヴィクトリア植民地政府高官の婦人たちから贈られたフラワー・スタンドです。記事によれば、植民地の素材と工芸によるものであることがふさわしいとして採用されました。高さは22インチ(約56センチ)、主原材料は金ですが、台座の部分にはセントアーノー産の銀が用いられました。台座は三角形で、各面には皇太子、デンマーク、ヴィクトリアの紋章を模ったエナメル製の盾が造形されています。角の部分には植民地を代表する産業であるウール、葡萄、金塊を表現した模様が施されています。台座の上部にはオーストラリアを代表する動物としてエミュー、カンガルー、コトドリがシダの木の根元部分に彫られ、シダの幹にはクレマチスが巻き付き、シダの葉が花瓶を支えています。花瓶は5つのエミューの卵が星の形状に並べられ、原生植物の輪に縁取られています。
“Wedding Gift from the Ladies of Victoria to the Princess of Wales” (February 6, 1864)
イギリス王女ルイーズとローン侯爵の結婚
最後に紹介するのは、ヴィクトリア女王の四女ルイーズとローン侯爵との結婚に際しての贈り物です。銀製のタンカード(ジョッキ)で、ローン侯爵が学んだ名門パブリック・スクール、イートン校の生徒から贈られました。円筒部の絵はフランスの画家ルブランの戦闘シーンから取られています。取っ手はギリシア神話のサテュロス4体を模っています。台座には銀製のプレート2枚が嵌め込まれています。挿絵では1枚しか見えませんが、この挿絵で見えているプレートには「イートン校生徒よりローン侯爵へ寄贈」と、題銘が刻されています。
”Wedding Gifts” (April 1, 1871)
近年、モノを通じて歴史にアプローチする手法が脚光を浴びています。上記の記事にある通り、イギリスのロイヤル・ウェディングの際にはインドやオーストラリアからも贈り物が贈られました。これらの贈り物を大英帝国を表象するモノとして見れば、大英帝国はより具体性を帯びて私たちに迫ってきます。
(センゲージ ラーニング株式会社)
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