人文社会系研究

考えるとはどういうことか――加藤尚武著作集刊行の意義

2018.01.14

いよいよこの十一月から加藤尚武著作集が刊行開始されることになった。以下ではこのシリーズについて紹介したい。

哲学者の加藤尚武さんと小社のおつきあいは先輩編集者であった故・小箕【ルビ:おみ】俊介から始まっている。小箕の手によって加藤さんの最初の単行本『ヘーゲル哲学の形成と原理――理念的なものと経験的なものの交差』が一九八〇年に刊行され、その年の山崎賞(正式には哲学奨励山崎賞)を受賞している。さらに一九八六年にはその後の生命倫理学の発展の基礎をつくった『バイオエシックスとは何か』が刊行され、話題を呼んだ。加藤さんが小箕をいかに信頼していたかはそれぞれの本の「あとがき」を読めば、よくわかる。

その小箕が一九八九年に交通事故で死去したあとをうけてわたしが担当することになったヘーゲル関係論文集が一九九二年刊行の『哲学の使命――ヘーゲル哲学の精神と世界』であり、これもその年の和辻哲郎文化賞(学術書部門)を受賞した。(ちなみにこの書名はわたしが提案したものであり、内容にぴったりだったといまでも思っている。)その年は一般書部門でも小社刊の土居良三著『咸臨丸海を渡る』が同時受賞して二部門を独占した。受賞当日は姫路文学館でおこなわれた授賞式に意気揚々と出席し、選考委員長の坂部恵先生とも親しくお話をさせていただいたことを覚えている。

加藤さんとは、たまたまお住まいが小社の裏のマンションだったこともあって、しょっちゅうお会いすることになった。まだ千葉大学に勤務されていたころで、日本語OCRの文字読み取りの現状をわざわざ千葉の研究室まで見せてもらいに行ったことがあった。ヘーゲルのズーアカンプ版全集の日本語版テキストデータベースを作成中で、お宅でコンピュータを二台使っているところを見せてもらったこともある。まだWindows3.1だったころの話。片一方のパソコンでこのデータベースを使って検索しながら、もう一台で原稿を書くというような作業をされているのを見せてもらって、学者とはこんなことまでできるのかと驚嘆したものである。この結果が、そのころ「現代思想」で連載されていた『ヘーゲルの「法」哲学』(青土社)の原型だが、『哲学の使命』にすぐつづいて刊行され、あっという間に八千部ぐらい売れて、先行した『哲学の使命』が追い越されてしまい、ずいぶんと悔しい思いをしたものである。

また加藤さんはわたしがもうすこし若いときに親しくさせていただいていた長谷川宏さんとも東大全共闘時代の闘争仲間でありライバルでもあって、この東大哲学科史上トップ2と言われるふたりの関係はおもしろいが、おもしろすぎてここでは触れられない。

まあ、こんな思い出話をしていたらキリがないのでやめておくが、この加藤尚武さんの著作集を刊行したいという構想はかなりまえから抱いていた。それが具体化されるいきさつは「季刊 未来」二〇一七年夏号の[出版文化再生]コラムで「加藤尚武著作集いよいよ刊行へ」として書いたのでくりかえさないが、よくもまあ加藤尚武さんぐらいの大哲学者の著作集が小社から出せることになったものだと思う。(なお、このコラム発表時点での著作集の構成は大幅に変わっているので、文末にその概要を掲載しておく。)

いまさらわたしが紹介するまでもなく、加藤尚武さんはヘーゲル学者として出発し、日本のヘーゲル学を世界的水準に押し上げたひとである。「内容見本」で野家啓一さんが書いているとおり、「もし加藤氏が登場しなかったならば、日本のヘーゲル研究は十年一日のごとき訓詁注釈の唄をうたい続けていたことであろう」とあるように、日本ヘーゲル学会会長として獅子奮迅の活躍でリーダーシップを発揮するばかりか、日本哲学会委員長(会長)という要職もこなし、日本の哲学を中心になって引っ張ってこられたのである。

ところが、その加藤さんが一九八〇年代半ばごろから、ヘーゲル研究と並行して生命倫理学、環境倫理学の日本におけるパイオニア的存在としてまったく新しい境地を切り開かれはじめた。まわりのヘーゲル学者たちが「加藤先生ご乱心か」と騒ぎたてたというのは無理もない。そのころはまだ生命倫理学(バイオエシックス)などという学問領野が存在するとはすくなくとも日本の哲学界では知られていなかったからで、ヘーゲルやドイツ観念論だけをやっているようなコチコチの研究者からすれば、とんでもない脱線と映ったからであろう。野家さんが「十年一日のごとき訓詁注釈の唄」と書いているのはそのことである。

小社から刊行された前述の『バイオエシックスとは何か』がその意味で医学界やその関連領域のひとたちに強烈なインパクトを与えたことは紛れもない事実で、やはり「内容見本」で大井玄さんが書いてくれたように、その後の環境倫理学をふくめて広い意味での「応用倫理学」の発展に向けて、さまざまな社会領域の問題にたいして「応用倫理哲学の旗手として、いまなお了解可能な道を示してくれている」のである。

加藤さんがその後、新書などで生命倫理学、環境倫理学、応用倫理学の部門の啓蒙書を数多く刊行し、しまいには新設の鳥取環境大学初代学長を四年も勤められたのは、そうした哲学の拡張としての倫理学(応用倫理学)の実践をみずからに「応用」されたからである。その方面での加藤さんの学問的実践的貢献は計り知れない。

そんな加藤尚武さんの書くものがどれほどおもしろいかは、すでに読まれたことのあるひとにはいまさら説明を要しないが、ヘーゲル学者、倫理学というむずかしそうな名辞のために一般的には広く読まれ、十分に理解されているわけではない。加藤さんもいつも言うように、その仕事をトータルに読んでくれているひとが少ないらしい。ヘーゲル学者は応用倫理学関係はちゃんと読まないし、応用倫理学関係の読者は(こちらのほうがはるかに多いが)ヘーゲル関係は敬遠してしまう。大井玄さんのように医学界のひとでヘーゲルを読むひとは稀だが、加藤さんの『ヘーゲルの「法」哲学』を読んで、「これがヘーゲルかと思うほど平易で魅力的な語り口」だと理解されたことを書かれている。わたしもこの本に刺戟されてヘーゲルの『法の哲学』をいますこしずつ読んでいるところだが、残念ながら加藤さんの解説のようにすんなりとわかるわけではない。ヘーゲル学者の多くが、この本は何を書いているのかさっぱりわからないと言っているぐらいだから、わたしがついていけないのもあたりまえなのだが、そんなヘーゲルの本を加藤さんはわかりやすくかみ砕いてくれる。

「彼の言葉は、哲学体系について、ヘーゲルが何を望んだかを示しているが、彼がその体系の記述で達成したことを示してはいない。ヘーゲルは体系の夢想家であって、体系の可能性の思索者でも、体系を基礎づける者でもなかった。」(『哲学原理の転換――白紙論から自然的アプリオリ論へ』本著作集第4巻所収)
なんだ、そうだったのか。ヘーゲルがむずかしいというのは、翻訳の技術の問題もあろうが、そういうふうに思い込まされているからでもある。
「ヘーゲルは書くということに一度も情熱を感じたことのない人間である。話の糸口となるメモがあれば、とめどもなくしゃべる。ときどき泥臭いジョークを交えて、得意げにしゃべる。それがヘーゲルの自己表現であり、……」(本著作集第一巻の単行本未収録論文「ヘーゲル」より)と加藤さんはヘーゲルを冗談まじりに突き放してみている。こういうふうにみずからの研究対象を相対化してみせることがヘーゲルをどれだけ人間的におもしろくさせてくれるか。こんなことを書いてしまえる加藤尚武はヘーゲルよりもおもしろいのではないかとわたしなどは心底思っている。そんな話を先日の書物復権の会の新企画説明会で話したら、ある取次の女性があとで「わたしもヘーゲルを読もうかしら」と言っていたのがおかしいが、おそらく読んではいないだろう。

加藤さんの文章は「人文会ニュース」に何度か掲載されている。その最初はわたしが依頼したものでタイトルは忘れたが、同じような内容の文章が著作集に収録予定である。その殺し文句を紹介しておこう。
「哲学という領域はない。哲学という次元がある。しかし、それは日常的な経験の次元と最高の学問の次元との媒介という営み以外に自分独自の次元をもつわけではない。」「切りのないことがらに切りをつけること、無限の問題に有限の表現をあたえること、それが哲学である。それができないと、人にはどれだけの知識が必要かという問いに哲学が答えられなくなる。/哲学とは無限を有限化する努力である。」(「哲学はいま、人間に何を与えるのか」、『進歩の思想・成熟の思想』本著作集第12巻)

こういうふうに誰にでもわかりやすく、しかも切れのいい文章で哲学を語れるひとがどれだけいるだろうか。加藤さんの文章を読むと自分の頭がすこしは良くなったなと思わせてもらえる。そんな加藤さんは哲学を過剰に意味づけることをしない。しかし「哲学という次元」から、その博識と明晰な思考力を元手に、いま現在の時代状況の与えられた条件のなかでものごとをどれだけ根本的に考えることができるかを示そうとする。なにもものを考えようとしない無批判的で従順なだけの人間が「必要」とされるこの反動的な時代にあって、筋道を立てて考えることの重要さと必要をこれほどみごとに例証してくれるひとはいないだろう。哲学という聖域に閉じこもることなく、社会にむけてみずからの批判的思考を休みなく発信していくのが加藤さんというひとである。ものごとを深く考えるとはどういうことかを豊かな手本として見せてくれる著作集となるだろう。

最後にもうひとつ、加藤さんが哲学の使命と考えられていることを要約した一文を引いておこう。
《学問と学問のあいだの接触点に入り込んで問題点を探し出す仕事を、昔は、大哲学者がすべての学問をすっぽりと包み込む体系を用意してそのなかですませてきたが、現代では、「すべての学問をすっぽりと包み込む体系」を作らずに、それぞれの学問の前提や歴史的な発展段階の違いや学者集団の特徴などを考え、人間の社会生活にとって重要な問題について国民的な合意形成が理性的に行なわれる条件を追求しなければならない。それが現代における哲学の使命である。》(『災害論──安全性工学への疑問』本著作集第10巻)

加藤尚武氏

 

◆加藤尚武著作集概要(全15巻、A5判9ポ一段組み上製カバー、各巻平均四五〇ページ、予価五八〇〇円~六八〇〇円
第1巻 ヘーゲル哲学のなりたち 【既刊】 450ページ 本体価格5,800円 ISBN:9784624936013
『ヘーゲル哲学の形成と原理――理念的なものと経験的なものの交差』ほか、単行本未収録論文4篇。
第2巻 ヘーゲルの思考法
『哲学の使命――ヘーゲル哲学の精神と世界』ほか、単行本未収録論文7篇。
第3巻 ヘーゲルの社会哲学
『ヘーゲルの「法」哲学』『哲学の使命――ヘーゲル哲学の精神と世界』2章分、ほか単行本未収録論文7篇。
第4巻 よみがえるヘーゲル哲学 【第3回配本】
『哲学原理の転換』ほか、単行本未収録論文10篇。
第5巻 ヘーゲル哲学の隠れた位相
単行本未収録論文29篇。
第6巻 倫理学の基礎  【第4回配本】
『現代倫理学入門』『倫理学で歴史を読む――21世紀が人類に問いかけるもの』ほか、単行本未収録論文11篇。
第7巻 環境倫理学
『環境倫理学のすすめ』『新・環境倫理学のすすめ』ほか、単行本未収録論文15篇。
第8巻 世代間倫理
『子育ての倫理学――少年犯罪の深層から考える』『教育の倫理学』ほか、単行本未収録論文7篇。
第9巻 生命倫理学  【第2回配本】 464ページ 本体価格5,800円
『バイオエシックスとは何か』『二十一世紀のエチカ』『脳死・クローン・遺伝子治療――バイオエシックスの練習問題』ほか、単行本未収録論文4篇。
第10巻 技術論
『技術と人間の倫理』『価値観と科学/技術』『災害論――安全性工学への疑問』
第11巻 経済行動の倫理学
『資源クライシス――だれがその持続可能性を維持するのか?』ほか、単行本未収録論文19篇。
第12巻 哲学史
『20世紀の思想――マルクスからデリダへ』『進歩の思想・成熟の思想――21世紀前夜の哲学とは』ほか、単行本未収録論文11篇。
第13巻 形と美
『形の哲学――見ることのテマトロジー』ほか、単行本未収録論文22篇。
第14巻 平和論
『世紀末の思想――豊かさを求める正当性とは何か』『戦争倫理学』ほか、単行本未収録論文10篇。
第15巻 応用倫理学
『応用倫理学のすすめ』『合意形成とルールの倫理学 応用倫理学のすすめ3』『合意形成の倫理学』

 

(未來社 社長 西谷能英)

※人文会ニュース(2017.12/NO.128)より転載