これからの学び

図書館と教員・研究との協働:電気通信大学 UEC Ambient Intelligence Agora

2018.03.29

前稿「図書館とAI研究:UEC Ambient Intelligence Agora」1では、電気通信大学(以下、「本学」)の新学修スペース「UEC Ambient Intelligence Agora」(以下、「Agora」)の概要を紹介した。本稿では、Agoraのさらなる機能強化を図っていくための課題と、課題解決のための学内教員組織との協働・コラボレーションについて述べる。

1.大学図書館機能強化のための「協働」

デジタル化・ネットワーク化によるコミュニケーション様式の変化や学生の課題解決能力育成を目指すアクティブラーニングの展開など、大学を取り巻く大きな環境変化の中で、大学図書館はさらなる機能の強化と革新を求められている。

国立大学図書館協会は2016年6月に「国立大学図書館協会ビジョン2020」2を公表し、取り組むべき3つの重点領域として「知の共有:<蔵書>を超えた知識や情報の共有」「知の創出:新たな知を紡ぐ<場>の提供」「新しい人材:知の共有・創出のための<人材>の構築」の3点を掲げた。このうち「新しい人材」では、大学図書館が有限な財政的及び人的資源の中で機能の強化と革新を図っていくために、教員、職員、研究者、学生等を含むさまざまな能力やスキルを有する人びとを図書館の中に呼び込み、図書館職員と協働して目標を達成することの重要性について述べている。

本学においても、Agoraの効果的な利活用を進めるとともに、今後のさらなる機能強化を図っていくためには、人工知能研究者等との「協働」を進めていくことが重要である。本学では、教員と事務組織との小規模大学ならではの緊密なつながりを基盤として、図書館が教育・研究に貢献するための従来にない新しい役割を、Agoraの利活用・機能強化を通して果たしていくことを目指している。

2.これからのAgoraをめぐる課題

電気通信大学附属図書館(以下、「当館」)がAgoraの運用を開始してから約1年が経過した。文部科学省の平成29年度「大学図書館における先進的な取組の実践例」3にも取り上げられ、注目をいただいているところであるが、今後の課題は多く、整備途上の段階にある。Agora本来の構想を実現するためには、今後のさらなる機能強化が必要とされる。また、この間の利用者の動向の観察から、当初は予想していなかった新たな課題も見えてきている。具体的には次のような課題があると認識している。

什器の不足

当館では、2012年をピークとして入館者数が減少し続けていたが、Agoraの設置によりV字回復を果たした。平成29年4月のリニューアルオープン以降、当館の入館者は前年度と比較して約10%増加している。特に前学期中の中間試験(6月)および本試験(8月)の時期に来館者が集中し、多くの学生がAgoraを利用したために、机・椅子等の什器の不足が原因で利用者が退館してしまう様子が見られた。人感センサーデータの簡易な解析結果からも、当該時期に利用が集中していることが見て取れる(図1)。このことは、アクティブラーニングを志向した新しい学修環境への学生のニーズが顕在化した結果であり、Agoraの設置は本学における教育・学修改革の推進にとって大きな貢献となっていると考えられる。適切な数の什器を追加することで当面の問題は解消すると思われるが、早急な実施が求められる課題となっている。

図1① 平成29年4月~平成30年1月までの人感センサーデータの解析結果

図1① 平成29年4月~平成30年1月までの人感センサーデータの解析結果

 

図1-② 平成29年4月~平成30年1月までの人感センサーデータの解析結果

図1-② 平成29年4月~平成30年1月までの人感センサーデータの解析結果

センシングシステムのデータの活用

Agoraには、人感センサー・温湿度照度センサー・CO2センサーを設置し、利用者のAgora内での動向をいわゆるビッグデータとして収集・蓄積できるようにしたセンシングシステムが備えられているが、得られたデータの活用は今後の課題となっている。

当館としては、センシングデータの活用を2つの側面から考えている。1つ目は、プログラミングやデータサイエンスなどの講義でセンシングデータを教材として利用してもらうことである。2つ目は、データ解析の結果を図書館サービスの向上に結びつけていくことである。教育・研究の場でのビッグデータ分析を図書館の機能強化のための意思決定やアプリケーション開発に活用できるようになっていけば、教育・研究と図書館との間でイノベーション志向の好循環が生まれることになるだろう。

AIが支援する学修環境の構築

Agoraの当初からの構想として、「アンビエント学修環境」と「AIによる自律的なインタラクションサービス」の実現がある。AIを利用して学修環境を最適な状態にコントロールするとともに、対話型ロボット等を活用した学修支援を行うことで、学修者の知的生産性を向上させる試みである。具体的には次のとおりである。

  • アンビエント学修環境:空調および照明システムのネットワーク管理及びセンシングデータに基づき空調・照明を自動制御するプログラムの構築
  • AIによる自律的なインタラクションサービス:図書館職員を援助するとともにその能力拡張を図るためのAIの構築、及び構築されたAIを備えた対話型ロボット等によるインタラクションの実現
  • 既設及び今後の開発が見込まれる各種の個別システム(用途特化型AI)を同期し、有機的・統合的に機能させていくためのインテグレーション(汎用AI)の構築

これらは、いうまでもなくハードルの高い課題であり、AI研究者等の参画があってはじめて解決への道筋を描くことができる。本学はAI関連分野の多くの研究者を擁していることから、当館ではその知恵を十分に活用して構想の実現を進めていかなければならない。また、Agoraを研究のための実証実験の場として活用できることは、特に社会実装を目的とした工学的研究を遂行する研究者にとっては大きなメリットである。従って、図書館と研究者がWin-Winの関係でAgoraの整備のための協働を図っていくことができる仕組みをつくることが、今後のAgoraの構想実現にとって重要である。

以上の課題をめぐって、本学では、すでにいくつかの重要なコラボレーションが進行しつつあるので、次に紹介する。

3.Agoraの今後の取組

教育とのコラボレーション

電気通信大学では、文部科学省による平成29年度科学技術人材育成費補助事業「データ関連人材育成プログラム」の採択を受け4、『データアントレプレナーフェロープログラム』(Data Entrepreneur Fellows Program: DEFP)(図2)を開講する。本プログラムは、第4次産業革命を推進する上で求められるデータ関連技術(AI、IoT、ビッグデータ、セキュリティ等)を高度に駆使する人材(高度データ関連人材)の育成を行う人材育成事業であるが、このプログラムが附属図書館内のAgoraを活用して実施される。

図2 データアントレプレナーフェロープログラムウェブサイト

図2 データアントレプレナーフェロープログラムウェブサイト
(https://de.uec.ac.jp/program/)

取組みの内容は次のとおりである。

    • 教室の設置:当該プログラムの講義は、土曜日に3コマ実施される。この講義の実施場所として、Agora内の一部を講義室として利用できるように整備する。具体的には、講義室のファシリティとして大型モニター・50席の什器・ガラス製ホワイトボードなどを設置する。また、受講生の学修のための参考資料として、最新のプログラミング・データサイエンス・人工知能等に関係する専門書約600冊を揃え、「データサイエンスライブラリ」を設置する。
    • このプログラムに参画する産学連携機関等から提供を受けたビックデータを蓄積し、受講者に提供するためのデータ基盤をAgoraサーバ室内に構築する(図3)。
    • Agoraで取得されたセンシングデータの講義での利用:当該プログラムの講義の中で、Pythonを用いたプログラミング講習を行うが、その素材としてAgoraで取得しているセンシングデータを用いる。例えば、人感センサーのデータを可視化し、図書館の混雑状況を確認できるアプリケーションを開発してもらうなど、図書館サービスへの還元が期待される。

図3 Agoraネットワーク図

図3 Agoraネットワーク図

研究とのコラボレーション

本学では、科学技術振興機構が公募した「未来社会創造事業(探索加速型)」(図4)に2件が採択された。「超スマート社会の実現」領域における「機械・人間知とサイバー・物理世界の漸進融合プラットフォーム」(研究開発代表者:田野俊一電気通信大学大学院情報理工学研究科教授・研究科長)及び「世界一の安全・安心社会の実現」領域における「会話の空気を読み取るAIによるフワキラ空間の構築」(研究開発代表者:坂本真樹電気通信大学大学院情報理工学研究科教授)である6。これら双方の研究開発プロジェクトとAgoraとのコラボレーションが検討されている。

図4 JST未来社会創造事業ウェブサイト

図4 JST未来社会創造事業ウェブサイト
(http://www.jst.go.jp/mirai/jp/)

1件目のプロジェクト「機械・人間知とサイバー・物理世界の漸進融合プラットフォーム」は、複数の研究グループで構成されており、この中の「AI・ディープラーニング」のグループにおいて、Agoraの設備をベースとしたコラボレーションが進みつつある。本稿執筆時点では、アンビエント環境の実現やAIによる自律的インタラクションサービスの実現を志向した次のような基盤整備を行うための検討が行われている。

      • 照明のLED化及び自動制御のためのネットワーク管理機能の構築
      • 空調の自動制御のためのネットワーク管理機能の構築
      • 什器への圧力・加速度センサー等の追加によるセンシングシステムの機能強化
      • 図書館AI:日常的な図書館サービスのノウハウ等をディープラーニングによる学習の対象とし、図書館サービス強化を可能とするAIの構築
      • インタラクションロボット:図書館AIを備えたロボットをインタフェースとした対話型サービスの提供

また、2件目の採択プロジェクト「会話の空気を読み取るAIによるフワキラ空間の構築」とのコラボレーションの可能性も並行して探っている。このプロジェクトは、発話や生体情報からAIが「場の空気」を読み、快適性・ウェルネスの観点から照明や音楽、温度、香りを統合的に制御する空間を構築するものであるが、Agoraの一部で小規模なデモンストレーションを行うことを目指している。このような実験を通して、ストレス緩和、知的生産性向上、共感促進等が行われる快適な図書館空間の実現の可能性を探りたい。

4.おわりに

2018年1月下旬、米国ロードアイランド州のロードアイランド大学が、2018年の秋学期より、同大学Robert L. Carothers図書館の1階に、AI(人工知能)ラボを設置すると発表した7。「AI」は、単なるバズワードではなく、今後、図書館のみならず様々な分野の業務・サービスとのコラボレーションを実現していくことが予想される。前電気通信大学人工知能先端研究センター長(現慶應義塾大学理工学部教授)の栗原聡氏によると、現在のAIは「知的IT技術」と呼ぶほうが実体に即しているという8。しかし、その先に見据えられているのが状況に柔軟に対応して様々な機能を実現する汎用AI技術である。図書館はIT技術を導入することで、メタデータやコンテンツ、情報検索を進化させてきたが、今後は知的IT技術、さらには汎用AI技術を取り込んでいくことによって、飛躍的な機能強化や革新が実現されていく可能性がある。

もちろん、AI研究者・技術者に任せておくだけで、図書館が求めているAIが実現することはない。どのようなデータ・知識をどのように学習させれば有効なAIを実現し、新しい利用者サービスや学修環境を創出できるのか、そのアイデアは図書館職員とAI研究者・技術者との協働においてのみ生み出されてくるだろう。電気通信大学附属図書館のAgoraは、この可能性に挑戦しつづける先進的な取組みであると考えている。

注・参考文献

関連記事(前稿):「図書館とAI研究:電気通信大学 UEC Ambient Intelligence Agora」

電気通信大学のご紹介:http://www.uec.ac.jp/facilities/information/library/

(電気通信大学学術情報課)

※2018年3月寄稿