王立内科医協会の初期の予防接種調査
本稿は、世界中のメディアが取沙汰している新三種混合ワクチンをめぐる昨今の反ワクチン騒動に促されて実施したささやかな調査の記録です。
Wiley Digital Archivesチームは、ヨーロッパでワクチン接種が行われた最初期にも同様の問題が生じたのか、そして、王立内科医協会(RCP: Royal College of Physicians)のアーカイブ資料が、その調査にどのように役立つか、疑問に思いました。
いくつかの検索と、Wiley Digital Archivesのプラットフォームが搭載する視覚化機能を利用することで、ストーリーの骨格が浮かび上がってきました。RCPのアーカイブは、太陽の下に新しいものは何もなく、現代の反ワクチン運動もまた然りであることを示しました。
天然痘の猛威
20世紀だけで約3憶人が天然痘でなくなりました。感染者の1/3を死に至らしめるこの悪性疾患は、何千年もの間、人類と共に存在してきました。
人々は、天然痘と戦う術を見つけようと努力します。種痘は、10世紀に中国とインドで開発されました。その中には、天然痘に感染した人の痘瘡から膿を採取し、健康な人に接種することも含まれ、多くの場合、軽症の天然痘を発症したものの、終生の免疫を獲得するに至りました。
死の危険を伴うものの、病が蔓延する地域においては試す価値がありました。自然に天然痘に感染した人の20~30%が死に至るのに対し、ワクチン接種に伴う致死率は0.5~2%にすぎないのです。
Matthew, Thomas K. “Annual Report on Vaccination in the Madras Presidency and on the Work of the Vaccine Section of the King Institute of Preventive Medicine, Madras for the Year 1918-19.”
RCP Library, Printed by the Superintendent, 1919. Wiley Digital Archives
減少する予防接種率
報告書によると、麻疹ワクチンを接種しない児童の割合は増加しています。その理由はワクチン接種ができないためではなく、「反ワクチン(anti-vax)」と呼ばれる運動に起因しています。反ワクチン運動の支持者は、信頼性のある医学・科学的な根拠もなく、麻疹ワクチンが自閉症やその他の健康上の問題と関連していると主張しています。
反ワクチン運動の一部の支持者は、ワクチンと自閉症の関係を示唆するために、1998年にBritish Medical Journal誌に掲載されたAndrew Wakefieldの研究にしばしば言及します。データが改竄された詐欺にも関わらず、一般大衆は、主に、ソーシャルメディアサイトを通じてWakefieldのアイデアにしがみついてきました。
17世紀の天然痘治療
ここに示すのは、1691年に書かれた全120ページの文書”Treatise on Smallpox”の1ページです。
“A Treatise on Smallpox.” Manuscripts, 1691. Wiley Digital Archives
ここでは、天然痘の症状の概説と、”surest ways of prevention”(最も効果的な予防法)と、予防接種以前の時代における治療法について記述しています。いうまでもなく、これらの治療方法の大半は効果が認められません。
例えば以下のような方法が挙げられています。
- Bloodletting(瀉血)
- Purging (induced vomiting)(瀉下。嘔吐の誘発)
- Fresh air(新鮮な空気)
- Small beer acidulated with spirit of vitriol(硫酸で酸性にした少量のビール)
- The use of red curtains around the bed (ベッドのまわりに赤いカーテンを使う)。
※色には効力があと信じられていました。
イングランドで最初の予防接種が実施される100年以上前のことです。
新しい治療に関する初期のレファレンス
RCPアーカイブを使った簡単な検索により、天然痘予防接種以前の1723年の記録がみつかりました。この短い文書では、Dr. Amianによる予防接種による新たな治療について言及されています。
“Dr Amian on the New Practice of Innoculation.” Regulation of Clinical Practice and Standards, 1723.
Wiley Digital Archives
Dr. Amianは、王立内科医協会のメンバーで、フランスのカルバン派プロテスタントの家系でした。当時予防接種は、インドで発祥し、オスマン帝国を経由して西方に伝えられたと信じられていました。
イングランドの医師エドワード・ジェンナーが種痘を開発する75年前のことです。
リスク評価
イングランド初の種痘は1798年に開発されました。
次の文書は、王立内科医協会自身が、種痘開発の数年後に、この新たな方法の効力に関して調査を行っていることを示しています。
このレターブック(書簡集)には、1806年に王立内科医協会から送られた、予防接種の成功とあわせて危険性を尋ねるチラシのコピーと、300ページを超える大英帝国の各地から送られた多くの回答が含まれており、当時の医師、患者双方の視点を豊富に伝える資料となっています。
初期の懐疑主義
以下に示すのは、この新たな治療法に関する懐疑主義を示す多くの書簡のうちの1通です。以下の記述が見受けられます。
- ’… without ample proof…’(十分な証拠もなく)
- ’… mistaken zeal of its [the vaccine’s] friends](誤りをおかしている熱心なワクチンの支持者たち)
- ’… disregarded the assertions of their accusers.’(告発者の主張を無視し)
- ’… accuracy qauestioned’(疑問視される正確性)
Royal College of Physicians of London. “Letter Book Containing the Replies to a Circular Sent out by the College in 1806, Enquiring as to the Efficacy and the Alleged Dangers of Vaccination.” Official Proceedings Of The Royal College Of Physicians Of London, 1806–1807. Wiley Digital Archives
予防接種と帝国
Dr. Francisco Xavier Balamis (スペイン王付医師)による1803年の文書には、世界各地への探検と種痘について記されています。
“An Account of Dr Francisco Xavier Balmis’s Expedition around the World and His Smallpox Vaccination.”
Autograph Letter Sequence, 1803. Wiley Digital Archives
Dr. Balamisの日記には以下の記述がみられます。
’Sole object of carrying to all the peoples of the Crown of Spain and those of other countries, the gift of vaccination’
(スペインのあらゆる人々と、諸国にもたらされた唯一の贈り物は、予防接種である)
私たちは、征服者であるスペイン王の使者が巨大な針と共に到着したときに人々にもたらした神秘とおそれの感情を容易に想像することができます。
ヨーロッパ人が先住民に人々に病気とウィルスをもたらした歴史はよく知られていますが、一方で、RCPのアーカイブに含まれるいくつかの資料は、これらの探検による保健上の成果も記録しています。
反ワクチン:保健と犯罪
反ワクチンの考え方はそう遠い過去の話ではありません。
Royal College of Physicians of London. “Resolution [by the National Vaccine Establishment] That the Inoculation of Small Pox Was Unjustifiable and That the Name of Any Vaccinator so Inoculating Should Be Erased from the List; and That the Exposure of Small Pox Patients and Inoculation in Such Exposures Was a Criminal Offence.” Regulation of Clinical Practice and Standards, No Date. Wiley Digital Archives
”A Resolution (by the National Vaccine Establishment) that the inoculation of smallpox was unjustifiable and that the name of any vaccinator so inoculating should be erased from the list; and that the exposure of small pox patients and inoculation in such exposures was a criminal offence’
「種痘用ワクチン接種が正当とは認められず、いかなる種痘実施者の名前もリストから削除されるべきであるという(National Vaccine Establishmentによる)決定。このような危険の中で天然痘の患者が危険にさらされることと予防接種は犯罪行為であったとする決定。」
王立内科医協会は、数世紀にわたり、薬物治療、治療、外科処置に含まれるあらゆる行為と危険性に関し法的な明確性を模索することを使命とし、これらの明確性に基づき方針と勧告を策定してきたことに、留意する必要があります。
反ワクチンからワクチン支持へ
しかしながら、同じ機関(National Vaccine Establishment)が目覚ましい方向転換を行います。
ここで示すのは、1852年の文書です。National Vaccine Establishmentから省大臣に宛てられた報告書は、都市部(ロンドンなど)で天然痘により死亡した792名(ワクチン導入前に死亡した、罹患者の1/3にあたります)に言及しています。
Royal College of Physicians of London. “Report from the National Vaccine Establishment.”
Regulation of Clinical Practice and Standards, 1852. Wiley Digital Archives
‘… the prejudices [that] still prevail against the vaccination and that the benevolent design of the Government are still far from being accomplished’
「予防接種に対する偏見は依然優勢であり、政府の慈悲深い計画は、依然として遂行まで程遠いものです」
王立ジェンナー協会(The Royal Jennerian Society)
予防接種のわずか数年後、種痘の偉大な開拓者であるエドワード・ジェンナーの名を冠した協会が設立されます。
ここに示すのは、王立ジェンナー協会が1808年に発行した、天然痘撲滅のための宣伝用チラシです。反ワクチンを掲げる共同体による議論が示されています。
Jenner, Edward. “Circular Issued by the Royal Jennerian Society for the Extermination of Small Pox. Addressed by Dr. Edward Jenner (1749-1823) to Sir John Buchanan Riddell (d.1819).”
Jenner, Edward, 1808. Wiley Digital Archives
’various insidious representations as to obstruct patients going to the Central House of the Society for Inoculation’
「Central House of the Society for Inoculationに行こうとする患者たちを妨害するための様々な水面下の活動」
主張を続けたエドワード・ジェンナー
エドワード・ジェンナーは死ぬまでワクチン接種の必要性を主張し続けました。以下に示すReverend Robert Ferrymanに宛てた手紙には、ワクチンの利点が言及され、予防接種に関するさらなる情報が要請されています。
Jenner, Edward. “Letter from Edward Jenner to Rev. Robert Ferryman, Relating to the Benefits of Vaccines and Requesting More Information on Vaccinations.”
Autograph Letter Sequence, 23 Jan. 1823. Wiley Digital Archives
この手紙は、ジェンナーが逝去した1823年に書かれたものです。種痘製造から25年後も、ジェンナーは種痘の必要性を伝え、そしてさらに重要なことには、問いかけ、評価し続けたのです。
ジェンナーは、その後の2世紀間に開発された一連の予防接種の初期の先駆者と評価されています。予防接種から始まり、その根絶が求め続けられてきた天然痘は、1979年、国際天然痘根絶プログラムによりにその目的を達成しました。
しかし、風疹に関しては、その患者は増え続けています。
歴史は繰り返す
米国、イスラエル、その他の地域にみられる風疹の流行は、反ワクチン運動に大きく起因しています。王立内科医協会、アメリカ疾病予防管理センター、米国医師会、その他の政府機関、医学機関は、予防接種の危険性や宗教的な理由による拒絶は誤った仮定であると表明しています。
この状況は、緊張、予防接種法の施行、訴訟を引き起こし、何より、風疹の罹患、苦痛、入院をもたらします。
法的・医学的な明確性にもかかわらず、ジェンナーの予防接種プログラムは、同じような寡黙、拒絶に直面しました。
王立内科医協会のアーカイブは、ジェンナーの日記と書簡を収録しており、ジェンナーが、人々が、予防接種を拒絶するであろうことを理解し、実際に困難に直面していたようです。
Miss Calcraftあてに書かれたこの手紙には、彼の不満が表れています。
Jenner, Edward. “Autograph Letter from Edward Jenner to Miss Calcraft, Asking Why Cities and Towns Were against the Universal Adoption of Vaccines.”
Autograph Letter Sequence, No Date. Wiley Digital Archives
現代の課題調査に対して、アーカイブ資料が持つ価値
本稿では、予防接種の歴史と反ワクチン運動に関し、その一端に触れたにすぎませんが、人々、文化、宗教、君主、政府、医学コミュニティ間で何世紀にもわたって行われた膨大な対話を繰り返しています。王立内科医協会は、医療にかかわる行為、教育、方針の形成に5世紀以上も関与し、今日もなおその役割を担っています。
天然痘の例で我々がみたものは、非常に限定された範囲にすぎませんが、本稿を通じて、王立内科医協会のアーカイブに、過去を探求し、未来を形成していくための手段としての価値が見いだされることを願っております。
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(資料提供Wiley)