2025年11月に図書館総合展で、東京大学史料編纂所の井上聡先生と、東京大学大学院博士課程の室伏奏楽氏をお招きし、『ジャパンナレッジ版 史料纂集・群書類従』が拓く史料学 -紙とデジタルの交差点-というオンラインフォーラムを開催しました。本連載※では井上聡先生の講演を編集・抜粋してお届けします。
※室伏氏の講演レポート記事はこちらで公開しております、ぜひご覧ください。
ジャパンナレッジ版『群書類従』・『史料纂集』とは
井上先生の講演の前に、ジャパンナレッジ版『群書類従』・『史料纂集』についてご説明します。
『群書類従』や『史料纂集』は古代から近世までの歴史史料を翻刻(=くずし字で書かれた史料を活字化)した史料集です。
これらを、辞書・事典のデータベース「ジャパンナレッジLib」のプラットフォーム上で、全文検索と紙面画像の閲覧を可能にしたのがジャパンナレッジ版『群書類従』・『史料纂集』です。
「ジャパンナレッジ版」は「ジャパンナレッジLib」の追加コンテンツ(買切型)として大学や公共図書館等の法人様向けに提供しています。
現在、ジャパンナレッジ版『史料纂集』は全7期の完成を目指し毎年続編を刊行しており、2026年1月にジャパンナレッジ版『史料纂集第4期』がリリースされました。今回のフォーラムはそのリリースを記念して開催したものです。井上先生の講演では、「ジャパンナレッジ版」が研究や史料集編纂の現場でどのように役立つかをご紹介いただきました。どうぞお楽しみください。
東京大学史料編纂所と『群書類従』・『史料纂集』
今回は、『史料纂集』『群書類従』が今後どのように活用されて新しい史料学というものにつながっていくかという観点からお話をさせていただきます。
最初に、自己紹介を兼ねまして、私が所属している組織である東大史料編纂所のご紹介と、『群書類従』『史料纂集』との関わりをお話しさせていただこうと思います。
史料編纂所という組織は、1900年から現在まで125年間にわたって、『大日本史料』『大日本古文書』『大日本古記録』といった古代から明治維新までの歴史を知るための史料集を1200冊ぐらい刊行している機関であります。もともとは、江戸時代の塙保己一という人物が江戸幕府の中に和学講談所という組織を設けて『群書類従』を刊行するということを始めまして、史料編纂所というのはこの組織を明治時代になって受け継いで始まった組織であります。つまり『群書類従』とは切っても切れない縁があるということになります。
現在、私のような史料集編纂を担当するメンバーが50名ほどおりまして、先ほど述べたようないろいろな史料集を作っていますが、一方で、私は八木書店で刊行されている『史料纂集』にも携わらせていただいて、2026年1月配信の『ジャパンナレッジ版 史料纂集 第4期 古文書編』に収録されている『安保文書(あぼもんじょ)』の校訂に参加させていただきました。
多くの所員がこのような形で史料編纂所の刊行物だけではなく、いろいろな史料集を作る事業に参加しています。
『史料纂集』『群書類従』を本という形で出版するとともに、今、ジャパンナレッジというプラットフォームを舞台にして、デジタルデータも広く利用していただくという方向でハイブリッド展開しているわけですが、実は史料編纂所も同じような事業を進めております。特にここ10年、15年ぐらいは、史料集を作ることと同時に、関連データベースを多数作っていくということで、社会的に活動しています。
そういった意味では、現在、新しい歴史研究の局面というのが非常に広がっているといっていいのではないかと思っています。
こうした学問の進化・発展というものに合わせまして、ちょうど今年度の2025年度から史料編纂所内に史料学協創センターというものを設置しました。
ここで何をしているのかと申しますと、これまで100年以上にわたって進めてきた史料集編纂の経験知、それからデジタル技術を活用した様々なデータベースやその他の情報の発信、加えて最近目まぐるしく進展している文化財保存科学――いわゆる“もの”の分析、こういったものを統合することで何か新しい史料学を提唱できないかということを考えています。
そのため、八木書店で進めている出版事業、それからジャパンナレッジで進めているデータ発信というこの両面の発展は、史料編纂所にとっても非常に深い関係があって、我々も学びながら進めていかなければいけないなというところです。
そういった観点から、『ジャパンナレッジ版 群書類従・史料纂集』を私のような史料を編纂する立場からみるとどうかということを、お話をしていきたいと思います。
『史料纂集古記録編 安保文書』
私が校訂・編纂に参加しましたのは『安保文書』という文書です。安保氏というのは埼玉県の北部、旧国名ですと武蔵国(むさしのくに)の北部に展開した比較的有力な武士団です。平安時代の終わりぐらいから戦国時代までという長い期間にわたって武蔵国の北部で活躍した一族でした。そして、この一族の関係者のもとに、現在80点ほどの中世文書が伝来し、さらに関係する系図類や様々な文書というのが複数あり、それらを収録したのが『安保文書』ということになります。

これは大変使い勝手がよいもので、文書についての様々な解説・解題もありますし、もちろん古文書の本文もすべて読むことができます。この一冊を読み解けば、鎌倉時代から戦国時代の安保氏の動向というのが非常によく分かるものになっています。
さて、これが『ジャパンナレッジ版』で配信されるとどういったメリットがあるかというと、まず安保の一族同士がどういう関係でどういう一族と婚姻関係を結び、どういった人々と勢力を広げていったのか、ということを調べることができます。実は、そういうことは残念ながら古文書だけではなかなか分かりません。古文書の多くは手紙のやり取りですので、それ以外の史料に記される要素はなかなか拾えないのです。しかしジャパンナレッジで検索をかけて、ある人物がどこに載っているのかということを追求していくと、その人物の手がかりが意外なところで発見されます。
古文書からの広がり ―『安保文書』を例に―
『群書類従』には様々な歴史の編纂物がたくさん収められていますが、そういったところにも安保氏の活躍が見られます。それが古文書という枠を超えて、いろいろな史料が串刺しで見えてくるということが、『ジャパンナレッジ版』で配信されることの大きな意義なのだろうと思います。
さて、「安保」というキーワードで『史料纂集 古記録編』と『群書類従』を検索してみると、191件出てきます。これは古文書では見えない世界であり、これが見えてくるというのが歴史研究をする上で大きな武器になるということは、言わずもがなというところです。

もちろん『安保文書』だけでも魅力的な文書がたくさんあって、読み解いていくことの楽しさがありますが、たとえば『安保文書』に出てくる人物を『群書類従』の系譜部・系図部で調べていくと、安保氏というのが武蔵七党という大きな武士団の中の一つのブランチであることが分かります。また、武蔵七党の系図をみていくと安保氏の関係者がたくさん分かってきます。
安保氏は鎌倉北条氏とも密接な関係を持っていたので、北条氏の系図の中にも安保氏が出てきます。そういうことをみていくと、安保氏は実は鎌倉幕府の中で非常に大きな力を持っていたのだろうということが分かってきます。
それから、安保氏は室町時代になると、鎌倉府の奉行としても活動してゆきます。そのため法律を解説した書目、たとえば『群書類従』の中にある「御成敗式目注」などにも安保氏は登場します。
今までですと、こういう作業は紙の書籍を一生懸命めくって探すということだったわけですが、現在は『ジャパンナレッジ版』で検索をかけるとパッと出てくるとなります。
古記録でも同様です。『史料纂集』に収録されている南北朝時代の日記『園太暦』には安保氏が登場し、彼らが京都でも活躍していることが分かります。また戦国時代の『長楽寺永禄日記』にもその姿をみることができます。長楽寺は上州、今の群馬県ですから、安保氏の本拠地である埼玉県からは近いのですが、様々な場所で安保氏が広く活動していたことを、確認することができるのです。検索をかけるだけで、様々な可能性を含んだ事例が数多く提示されることで、「あ、これはもしかして関係があるのでは」と気付けることがものすごい大きな力になってくるのです。

歴史を専門にずっと勉強されている方でも、系図や典籍や古記録などジャンルが違う史料をあまねく全部見て知っているという人はなかなかいません。けれど現在のツールをしっかりと使いこなせれば、常軌を逸した記憶力を持っている方に肩を並べることができる。改めてすごい時代になったと思っています。
『ジャパンナレッジ版』にはこのような大きなメリット・魅力があるということを、まずは皆さんに知っていただきたいと思います。
連載第1回はここまでとなります、次回もどうぞお楽しみください。
(デジタル情報営業部)