2023年1月10日に、JKBooks「Web版 史料纂集」がリリースされました。これを記念して、リリース2カ月前の2022年11月10日に、佛教大学 飯野氏、八木書店 柴田氏、八木書店 杉田氏、ネットアドバンス 田中氏を迎え、図書館総合展でトークイベントを開催しました。「史料纂集」はどんな資料なのかという入門的な話題から、全文検索を実装したジャパンナレッジ版の使い方、書籍版との違い、図書館におけるレファレンス対応の具体例まで、幅広く解説しています。
イベントの動画はこちらで公開しておりますが、そのうちの一部を抜粋の上編集し、連載記事としてお届けします。第一回では古記録(日記)に書かれている古代・中世の天文現象を、第二回では古記録や古文書(手紙の類)の史料翻刻について、第三回では研究者の立場から見たWeb版の魅力をご紹介しました。今回は、飯野氏に加わって頂いたトークセッションです。
【飯野 勝則 氏】
佛教大学図書館専門員。国立情報学研究所オープンサイエンス基盤研究センター特任研究員。
佛教大学でシステムズライブラリアンとして、「電子」の学術情報資源の発見可能性を高めるシステムやウェブサービスの開発に取り組む傍ら、国立情報学研究所では、次世代目録所在サービスの担当として、電子リソースの高度なキュレーション機能を有する学術情報サービスの実現に向けて研究開発を行っている。2011年には、日本で初めてのウェブスケールディスカバリーサービスを佛教大学図書館で公開した。
月食の夜の過ごし方
司会:ここからは飯野さんにも加わって頂き、八木書店のお二人に、「Web版 史料纂集」の魅力をずばりきいて頂きます。
飯野氏:よろしくお願いします。いきなり感想じみた話になり恐縮なのですが、お話を聞き、すごいものができたなと思っています。このデータベースはデジタル・ヒューマニティーズというところで、大きな存在になっていくんだろうなと、率直に思いました。本当に、古記録というものが、全文検索の対象になるというのは、埋もれた情報の発見につながるという点で意味のあることだと思いますので、私の心はとても高ぶっております。
さて、今回は月食の話が出てきておりますが、私は大学時代から天文を趣味でやっておりまして、非常に興味のあるところです。今回は同時代史料の古記録の話がテーマになりますが、月食の記録などを見れば、そういうものが起きたときに、人々がどのような行動をしたのかが、わかるのではないかなと思っています。当時はおそらく、今と違って非常に迷信深い時代だったと思いますし、実際の記録には、とても興味があります。何かそのあたりの人々の行動がわかるような記録をお見せいただけないでしょうか。
杉田氏:第三回にて「月食」という言葉で検索してみましたが、この言葉で検索すると16件しか出てきません。そこから、「月食」は現在の表記ですが、もしかしたら昔は別の表記をしていて、そのせいでヒット件数が少ないのかもしれないという推測ができます。そこで、ジャパンナレッジに搭載されている辞典類で調べてみます。「月食」で検索をかけますと、「日本国語大辞典」に「月食」は「月蝕」の書き換えであるという補注があります。
図1:「日本国語大辞典」(小学館)の本文
「日本国語大辞典」で調べた結果を踏まえて、「Web版 史料纂集」で今度は「月蝕」で検索をかけてみると、本文検索で87件とヒット件数が大幅に増えました。このように現在の表記と当時使われていた表記が違うという事例がたくさんあります。信頼性の高い辞典類で当時の言葉の使われ方や言葉の意味を調べながら、史料を読み進んでいく、「Web版 史料纂集」がジャパンナレッジに搭載されているメリットかと思います。
本題に戻りまして、こういう月食が起きたときに、人々が何をやっていたのか。例えば、鎌倉時代の『葉黄記(ようこうき)』という日記では、月食に際して「今夜御慎み有り」と書かれています。要するに家で物忌みをしていたということです。当時の人々はそういった行動をとっていたようです。
飯野氏:ありがとうございます。図書館の参考調査(レファレンスサービス)では、こういったちょっとした質問がくることはよくありますし、探し方などを訊かれることも多いです。そういう意味では、月食の例は使い方の可能性を感じられて、非常に面白いなと思います。ちなみに「皆既月食」に絞った検索結果を見ることはできますか?
杉田氏:はい、できます。「皆既」で調べますと「今夜月蝕皆既」などの用例が確認できます。平安時代の『権記(ごんき)』や、南北朝時代の『師守記(もろもりき)』などでヒットします。
飯野氏:なるほど。ということは、もし「皆既月食」に絞るのなら、「皆既」と「月蝕」という形で、キーワードを組み合わせて、調べればよいのですね。それから「日本国語大辞典」で、調べたい事柄の過去の用例を確認して、その用例の単語を使って検索すると、精度が高くなりそうですね。
杉田氏:そうですね。ジャパンナレッジには「日本国語大辞典」のような国語辞典以外にも「群書類従」や、最近では「国史大系」がリリースされていますので、それらを含めて全文検索をかければたくさん用例が出てくると思います。
飯野氏:ありがとうございます。そういう意味では御社のコンテンツだけではなく、他社さんの「国史大系」とか、そういったものをまとめて検索できるというところが、今までありえなかったことなので、我々にしてみても、非常に探しがい、利用しがいがありますね。さまざまなものを発見させ、出会いをくれますので、非常に面白いと思っています。
飯野氏:あとは、「史料纂集」が同時代史料であるというように考えると、月食が起こると物忌みをするというエピソードは、迷信が強い時代を示すものなのだろうなと個人的には思っています。そういった中で、この時代の人たちが色々なことを恐れた結果、このような記録を残してくれていると思うのです。個人的な興味になってしまいますが、いろいろな「怪異」の記録なども探すことができるのでしょうか?
「Web版 史料纂集」に見る「怪異」
杉田氏:例えば、「怪異」で検索してみますと、本文だけで102件出てきてます。
飯野氏:これは一番上を見るとわかるのですが、異体字である「恠異」もヒットしていますね。
図2:「Web版 史料纂集」の検索結果
杉田氏:そうです。異体字も含めて検索がかけられている状態になります。「史料纂集」は、書籍版の紙面では旧字、古い漢字を使って表記しておりますけれども、Web版のテキストデータは基本的にシステム側で、現在使っている常用字体に変換するように作っております。検索時は、旧字で検索しても常用字体で検索しても同じ検索結果が出るように整備しております。
飯野氏:どんな怪異があるのでしょうか?
柴田氏:神社もしくは御神体などが鳴動をするという事例が確認できます。
飯野氏:鳴動ですか。
柴田氏:はい。地鳴りがある。よく言われたのはその神社に奉納物が少なかったり、それから所領が減らされたりすると、「ちょっと、うちの方も何とかしてよ」ってことで、鳴動をする場合もあります。
飯野氏:なるほど。地震とは関係はないんでしょうか?
杉田氏:古い史料を読んでいると、御神体等が震えましたといった報告が上がってきて、それに対して朝廷が何らかの対応をとる事例はよく見かけます。それは多分地震とは関係なく、何故か振動しているという感じです。
飯野氏:この時代の怪異はそういう震えるものが多かったのですね。音が出るとか。
平安・鎌倉・南北朝時代の「妖怪」
杉田氏:怪異のほかに、妖怪に関する記述もあると思います。
飯野氏:妖怪といえば、例えば、日本の三大妖怪というのがいますよね。河童と天狗と、鬼ですかね。他にもいろいろあるとは思うのですが。
杉田氏:天狗や鬼はヒットすると思います。天狗で本文検索をすると、11件ほどヒットします。
飯野氏:例えば中国の史料だと「天狗(てんぐ)」は「天狗(てんこう)」とも読みますよね。意味は(空を飛ぶ)犬であると。流星のことだとも言いますし、月食や日食は天狗が太陽や月を食べるから起きるみたいな話になったりします。そう思うと、日本に影響を与えた中国の文献と、あわせて検索できるような世界が来ると個人的には嬉しいですね。少し話はそれますが。ちなみに河童はどうでしょうか?
杉田氏:「河童」は0ヒットですね。河童は古い時代の史料だとあまり見かけないので。
柴田氏:近世は多いですけどね。
杉田氏:今後コンテンツが増えていけばもしかしたらヒットするようになるかもしれません。(※注:今回リリースされた第1期は、平安・鎌倉・南北朝時代の古記録を収録。今後全6期で近世までも含めてリリース予定)
飯野氏:なるほど。そうすると、ある言葉がいつ頃の時代に生まれたのかというところも、同時代史料を通じて、かなりあらわになって来ますね。もちろんこれまでも、さまざまな研究があるのだと思いますが、あらたな用例がもう少し古い時代で見つかるなどということが、起きるのかもしれませんね。
杉田氏:今までは書籍を1ページ1ページ、紙をめくって見ていかないといけなかったのが、今はデータベースで検索をすれば数秒で結果が出てくるという時代になってきたので、もしかしたらある言葉の初見がこれまで知られていた事例よりも、さかのぼるといった発見はあるかもしれません。
飯野氏:そうなってくると結構面白いですよね。
杉田氏:そうですね。
記録された天文現象や当時の建築様式
飯野氏:先ほどした天文の話に戻りますが、天文関係で古記録の中のオーロラの記録について、最近研究が進んでいるというようなお話も伺うんですけれど、今回の史料にも記録が残っているのでしょうか。赤気(せっき)とかその類の記録ですね。
柴田氏:はい。オーロラではないかというふうに言われてる部分もあるんですけれども、そこら辺のところまだちょっと詰めないと、細かいことはわからないですね。
飯野氏:そうですね。私はその専門家ではないのですが、気候変動の話とかで、太陽活動が活発になったら低緯度でオーロラが見える場合があるというような話は耳にします。過去の記録を使って研究されてる自然科学関係の先生方もいらっしゃるようですし、個人的な興味もあってお聞きしたところです。ありがとうございます。
そういう意味で、検索を通じて同時代の色々な記録を簡単に見られるというのは、Web版の醍醐味だなと改めて思いました。すごく面白いと思います。先ほどもお話の中にありましたけれど、分野を超えて使えるだろうというのが、率直なイメージですね。例えば他の学問分野ではどのような形で使えますでしょうか。
柴田氏:例えば儀式書の場合ですと、別記で座席の表が出てる場合があるんですね、その座席表に間取りであったり、柱の位置が書いてある平面図があったりしますと、建築関係の先生方は、その柱の位置ですとか実際の今残ってる遺構と合わせて推定で大体これぐらいの建物だったんじゃないかっていうのを計算されるなどして使われているようです。
飯野氏:なるほど。思いもかけない使い方が色々あるのだなと率直に思いました。活用には難しい部分もありますが、一方でジャパンナレッジに含まれている、辞書・事典や他の史料などと合わせて検索すると、新しい発見につなげやすいこともわかりました。図書館でも活用できたら良いと思います。ありがとうございました。
おわりに
本連載は以上となります。編集者、研究者、図書館専門員の立場から、「Web版 史料纂集」の魅力をお話頂きました。「Web版 史料纂集」は全6期を予定しています。第1期が2023年1月にリリースし、第2期以降も順次リリース予定です。ぜひご期待ください。
第1期 |
古記録編 平安・鎌倉・南北朝 |
2023年1月10日リリース済み |
第2~3期 |
古記録編 室町・戦国 |
未定 |
第4期 |
古文書編 |
未定 |
第5期 |
古記録編 江戸 |
未定 |
第6期 |
補遺 |
未定 |
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