図版資料は、都市の景観、社会風俗、日用品などを視覚的に伝えるだけでなく、当時の集団的な無意識まで浮かび上がらせる貴重な資料です。歴史的な図版資料は日本でも多数発行されてきましたが、それを代表するのが「風俗画報」です。欧米の図版資料と「風俗画報」を比較することによって、一方の資料だけでは見えてこない部分が見えてくるかもしれません。
センゲージ ラーニング株式会社 Galeがデータベースで提供する欧米の図版資料と「風俗画報」を特定のテーマでご紹介する本企画、前回はイラストレイテッド・ロンドン・ニュース(The Illustrated London News, 以下 ILN) の記事から、第一次世界大戦においてイギリス自治領のオーストラリア人やニュージーランド人、植民地のインド人が、イギリス人とともに戦友として勇敢に戦ったことを讃える記事を紹介しました。これらの記事は大英帝国の一体感を読者に伝える効果を持ったと考えられます。今回も、第一次世界大戦の勇敢な戦闘行為を伝える記事をご紹介します。
連載:The Illustrated London Newsでみる第一次世界大戦
連載:風俗画報でみる戦争報道:日清戦争
連載:風俗画報でみる戦争報道:日露戦争
歴史は繰り返す:ワーテルローの戦い
最初にご紹介するのは「サン・カンタンにて、いかにして歴史は繰り返したか:騎馬隊の突撃」という1914年9月12日の記事です。下の図はイギリス軍がフランスのサン・カンタンでドイツ軍に向かって突撃している場面を描いています。
“How History Repeated Itself at St. Quentin: A Stirrup-Charge”(September 12, 1914)
サーベルを持った騎馬隊の兵士が敵に向かって攻撃しています。銃剣を手に疾駆する歩兵の姿も見られます。記事では、この場面を19世紀のワーテルローの戦いの再現であるとしています。
ワーテルローの戦いとは、第一次世界大戦の100年前に、ナポレオン率いるフランス軍とイギリス他のヨーロッパ諸国が雌雄を決した戦いです。この戦いで勝利を収めたイギリスは、ヨーロッパの盟主の地位を磐石のものにしました。
ワーテルローの戦いでスコットランドの連隊がフランス軍に向かって突撃したことは、イギリスではよく知られており、19世紀後半に戦争画家レディ・バトラー(Lady Butler)が”Scotland For Ever!”(スコットランドよ、永遠なれ!)”という絵を描いたことによって、国民的記憶となりました。一説では、スコットランドの連隊は「スコットランドよ、永遠なれ!」と叫びながら突撃したと言われており、それが絵のタイトルに採用されています。
サン・カンタンでドイツ軍に向かって突撃したのが、ワーテルローの戦いでフランス軍に向かって突撃したのと同じスコットランドの連隊だったことから、記事では「歴史は繰り返す」と言っています。
「スコットランドよ、永遠なれ!」
レディ・バトラーの”Scotland For Ever!”をGaleのデータベースで探すと、スミソニアン学術協会が所蔵する万国博覧会関係の資料を搭載したデータベースにありました。
“The Art Palace Souvenir of the Glasgow International Exhibition: A Folio of Famous Pictures, etc.”
[Smithsonian Collections Online]
上の図は、1901年にグラスゴーで開催された国際博覧会で販売された土産用パンフレットに掲載されているものです。”Scotland for Ever”は多くの戦争画を描いたレディ・バトラーの代表作と見なされている作品です。ILNの記事を読んだ人の多くは、この絵を思い浮かべることができたことでしょう。
歴史は繰り返す:ロークス・ドリフトの戦い
次にご紹介するのは「大戦争のロークス・ドリフト:トローンの森で示されたロイヤル・ウエスト・ケント連隊の輝かしい抵抗」というタイトルの記事です。
“A “Rorke’s Drift” of the Great War: The Glorious Stand of the Royal West Kents in Trones Wood”
(August 5, 1916)
敵に向かって塹壕から兵士が発砲しています。記事によれば、イギリス軍の攻撃が失敗に帰し、少人数のウエスト・ケント連隊は孤立、ドイツ軍の攻撃を受けたところを、友軍が捨てていった銃を集めて応戦し、持ちこたえたばかりか、ドイツ軍に多大な損害を与えました。そして、これがロークス・ドリフトの戦いを彷彿とさせるものであった、というのです。
ロークス・ドリフトの戦いとは、第一次世界大戦の35年前にイギリスが南アフリカのズールー戦争で、少人数のイギリス軍が多数のズールー族の襲撃を退けた戦いです。記事では、何の説明もなしに「ロークス・ドリフトの戦いを彷彿とされる」とあり、イギリスでは誰もが知っているエピソードだったことが伺えます。
ロークス・ドリフトの戦い
ルークス・ドリフトの戦いの挿絵は、ILNに掲載されています。
“The Zulu War” (March 8, 1879)
なお、レディ・バトラーにはロークス・ドリフトの戦いを描いた作品”The Defence of Rorke’s Drift”もありますが、Galeのデータベースには残念ながら搭載されていません。
歴史的なエピソードによる演出
戦争遂行に当たり、国民に一体感を与える一つの方法は、異なる民族、異なる文化をもつ人々が戦友として戦っていることを示すことです。前回紹介したのはこの例で、同じ時代の横の繋がりに訴える方法です。
これ以外に、過去に遡って同じ歴史や同じ記憶に訴える方法もあります。第一次世界大戦の戦闘を伝える際に過去の戦争のエピソードを読者に思い出させる方法は、こちらの方法です。その際、歴史のエピソードはドラマティックであればあるほど効果的です。また、図版のようなイメージで記憶される場合はテキストで記憶される場合よりも、さらに効果的でしょう。
ILNの図版は、単に事実を伝達するだけでなく、過去の特定のイメージを喚起させる上でも効果的だったはずです。このような観点からILNの図版資料を見ることも面白いのではないでしょうか。
(センゲージ ラーニング株式会社)
The Illustrated London News Historical Archiveについて詳しくはこちら
『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース』小史(センゲージ ラーニング株式会社作成)はこちら
お問い合わせはこちら