人文社会系研究

【連載】研究が変わる!参考調査の常識も変わる!JKBooks『Web版 史料纂集』:第二回 最良のテキスト提供を目指した史料翻刻

2023.01.24

2023年1月10日に、JKBooks「Web版 史料纂集」がリリースされました。これを記念して、リリース2カ月前の2022年11月10日に、佛教大学 飯野氏、八木書店 柴田氏、八木書店 杉田氏、ネットアドバンス 田中氏を迎え、図書館総合展でトークイベントを開催しました。「史料纂集」はどんな資料なのかという入門的な話題から、全文検索を実装したジャパンナレッジ版の使い方、書籍版との違い、図書館におけるレファレンス対応の具体例まで、幅広く解説しています。

イベントの動画はこちらで公開しておりますが、そのうちの一部を抜粋の上編集し、連載記事としてお届けします。第一回では、古記録(日記)に書かれている古代・中世の天文現象などをご紹介しました。今回は、専門知識がなければ判読が難しい古記録や古文書を、研究・教育に役立てるため、史料翻刻がどのように行われているかをご紹介します。

【柴田 充朗 氏】
株式会社八木書店出版部。大学卒業後、続群書類従完成会に入社。以来、書籍版「正・続 群書類従」の改訂や「史料纂集」シリーズ、各種学術書の編集を担当。2006年に閉会後、八木書店に移籍。現在に至るまで書籍版「史料纂集」の刊行を統括。史料出版畑のたたき上げ。

一歩踏み込んだ史料翻刻

柴田氏:第一回では、同時代史料である「史料纂集」が、用例や事例の宝庫であるということをご紹介しました。次は書籍版の「史料纂集」の編集に携わってきた者の1人として、その特徴をご紹介したいと思います。

まず、「史料纂集」がどのように作られているのか見ていきましょう。例えば、『師守記(もろもりき)』という日記があります。書いたのは14世紀の公家で、今で言うところの実務官僚の中原師守(なかはらのもろもり)という人です。もちろん当時のことですから、原本は紙に筆でくずし字で書かれています。他の日記に比べれば、中原師守はそれほど文字を崩していない方ですが、原本のままでスラスラ解読してそのまま利用できる研究者は、一握りだと思います。こうした筆で書かれた原本を、研究で活用しやすいように文字起こしして活字化することを翻刻といいます。

図1:筆で書かれた原本を研究で活用しやすいように活字化(翻刻)

書籍版の「史料纂集」では、史料原本の体裁を尊重しながら、一字一画を揺るがせにしない本文の翻刻をしています。例えば、読点はどこに打つのか。本文の人名・地名は何を指すのかなどの註を付して、読者が読みやすくなるように工夫しながら活字化をしています。これはそれまでの活字化して後世に残すという史料翻刻のやり方から一歩踏み込んだものでした。当然ながら原稿の作成や校訂・校正には相当の時間がかかります。本叢書では利用者の方がストレスなく使いこなせる史料集を目指しています。そのためには校訂という作業が必要です。

「史料纂集」の紙面(図2)をご覧ください。この本がどのような形でできているか、ここに示しています。まず、緑で囲った部分、これが本文ですね。ここに行間書き、割書きなど、原本の体裁をできるだけ忠実に再現して翻刻活字化してあります。次に青で囲った上の部分です。標出、頭註とも言いますが、本文の内容を要約した見出しをつけて利便性を高める工夫をしています。最後に赤で囲った部分、これが一番厄介なところですが註釈ですね、校訂註。人名や地名などの註ですとか、ひらがなに対する当て漢字など、こういったものは( )で示し、誤字・脱字の訂正などについては〔 〕でそれぞれ補っています。

図2:史料纂集の紙面

こうして校訂註を施して使いやすいテキストを提供するというのが「史料纂集」の一番の見どころです。さらに研究者が利用しやすい紙面作りのために、標出(頭註)をつけて、本文を読まなくてもこれだけ見れば大体何が書いてあるかわかるようになっています。

今後も最新の研究に基づいた最良のテキストを提供していくつもりです。Web版の登場により飛躍的に便利になりますが、通読に適した書籍版についても、引き続き刊行を続けてまいります。

労多くして営業的採算が難しい、翻刻出版

「史料纂集」は続群書類従完成会にて1967年に刊行が開始されましたが、2006年に同会が倒産するに伴って、翌2007年から八木書店がその出版事業を継承しました。東京大学史料編纂所が編纂する「大日本古記録」や「大日本古文書」を相補い補完するかたちで、研究上必須の史料でありながらこれまで翻刻されずに未完だった古代から近世の史料や、現段階での研究水準で全面的な改訂が必要な史料の集成を目指して、現在も刊行を継続しています。

ちなみに東京大学史料編纂所の前身は、「群書類従」の編纂で知られる塙保己一(はなわほきいち)が寛政5年(1793)に江戸幕府に願い出て設立された教育機関である和学講談所です。明治になると、和学講談所の蔵書と史料編纂事業は東京大学史料編纂所に移管されて、「大日本史料」や「大日本古記録」、「大日本古文書」の刊行というかたちで継承されました。この和学講談所が書目のみを挙げて完成を見なかったものが「続群書類従」でしたが、続群書類従完成会にて1974年に完結しました。

「史料纂集」のような膨大な史料を、一出版社が刊行を続けるのは、なかなか大変です。鎌倉時代研究に欠かせない一大史料集である「鎌倉遺文」を編纂された竹内理三先生から「史料纂集」について、「史料の翻刻は、労多くして営業的採算が難しい。公的機関か公益法人でなければ、できないことをやっている」というご推薦文をいただいたことがあります。これは他の翻刻史料集も然りで、例えば「国史大系」は経済雑誌社から吉川弘文館に、「史料大成」は内外書籍株式会社、日本電報通信社、最終的には臨川書店に移っています。一つの出版社では事業を継続することが難しいためといえます。

刊行以来、「史料纂集」は日本歴史・文化研究上の必須の史料集として学会での評価を得て、研究者の先生方からも認知されてきています。書籍版はこれまでに古記録編(日記類)が214冊・54書目、古文書編(手紙の類)が52冊・30書目刊行され、今なお年5、6冊のペースで継続中です。それぞれの重版の際には誤りを修正し、校訂を補完し、常に最良のテキストを提供しています。よりよい底本に変更する場合は、新訂増補版として改めて組み直して出版をしています。

第一回、第二回では、史料出版に長らく携わってきた柴田氏からお話頂きました。次回は、「Web版史料纂集」で何が実現するのか、Web版の開発者であり、現役の研究者でもある、八木書店の杉田氏にお話頂きます。

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(紀伊國屋書店 デジタル情報営業部)