第二次世界大戦が、アメリカが世界大国となる契機となったことは誰しも認める歴史的事実であろう。なかでも「武器貸与法」に基づく反枢軸国への軍事・経済援助は、当初イギリスから始まりソ連、フランス、中国に及び、やがて枢軸国と戦う38カ国に援助対象が拡大された。戦時に大拡張をみたアメリカの産業力を基盤とする大きな影響力は、戦争の経過とともに様々な形で全世界に浸透する結果となり、それがアメリカに世界的大国の地位をもたらした。
アメリカにとって戦争は、1941年12月7日の日本の真珠湾攻撃から始まったが、程なくドイツが対米宣戦布告をしたために、戦争は太平洋と大西洋の両洋で展開されることとなった。作戦が展開された舞台も、大西洋、地中海、北アフリカ、太平洋、中国、さらに中東、インド、南アジア、東南アジアにおよぶこととなる。アメリカは大戦略としてはドイツの打倒を優先する方針を立てつつも、その莫大な生産力によって、両洋にわたるグローバルな戦争を事実上同等に激しく戦った。
勝利の記憶であれ、敗北の記憶であれ、記憶はすぐれて利己的なものである。集団の場合、記憶する単位は国家やそれを構成する国民と言うことになるであろう。第二次世界大戦のアメリカの場合、戦争が終結をみた1945年の段階で軍務に従事していた人々は1200万人を超える。総人口が1940年の国勢調査で1億3000万人あまりであったことを顧みれば、人口のほぼ1割の人々が何らかの形で軍務についていたことになる。このことはとりもなおさず、大戦が等しく国民の記憶として残る結果をもたらした。
さらに、アメリカについては、本土はもとより戦場にならず、戦災は皆無であり、戦争の人的損害も約42万人にとどまった。これは2700万人といわれるソ連の人的損害と比較すれば、すこぶる軽微なものであった。こうした事情もあって、概してこの戦争が、多くのアメリカ人にとって、「よい戦争」(“Good War”)と思い起こされることの多い、歴史的記憶になったのであろう。『よい戦争』とはスタッズ・ターケルの1985年にピュリツァー賞を受賞した口述歴史を編集したノンフィクションのタイトルである。
このたびアティーナ・プレスから復刻刊行されるPictorial History of the Second World Warは、1944年から1949年にかけてニューヨークで出版された全10巻におよぶ写真を中心とする第二次世界大戦の歴史である。ターケルの書籍が言葉で残された記憶の集積であるとするならば、さしずめこれは写真映像記録の集積である。
第1巻から第5巻までは、戦争の経過をすべての戦域にわたって時系列的に取り扱っている。第6巻から第10巻は、海軍(沿岸警備隊を含む)、陸軍航空部隊、海兵隊、陸軍地上部隊、その他の様々な支援兵種ごとに、それぞれの戦争中の事績が写真とともに編集されている。
戦争を時系列で扱った第1巻から第5巻は、戦局の推移を、政治的な解釈を排除したごく客観的な解説とともにあくまで写真集として編集されている。1939年のドイツのポーランド侵攻から始まって、ソ連ーフィンランド戦争、ドイツのデンマーク、ノルウェー攻撃、そして戦争2年目のフランス降伏、地中海におけるイタリアとイギリスの戦い、ドイツのバルカン半島への侵攻、独ソ戦の勃発、さらに戦争中期の諸戦役(ロシア戦線、北部フランス、中国・ビルマ・インド戦域、太平洋正面など)から、ヨーロッパでの勝利、日本の降伏に至るまで、グローバルな戦争が偏りなく整理されている。
シリーズ後半の5冊は、大戦中様々な軍種に属した人々に捧げられている。本書によれば、海軍、海兵隊、沿岸警備隊に従軍した人々は350万人、陸軍航空部隊が250万人、海兵隊が60万人、陸軍地上部隊が400万人、陸軍支援部隊(工兵、輸送、需品、補給、通信、軍医、婦人部隊など)が300万人であり、各巻ではそれぞれ当時の最高責任者であった、ジョージ・マーシャル(陸)、アーネスト・キング(海)、ヘンリー・アーノルド(空)らが序文を寄せている。最初の5巻に比べると、戦争に直接参加した人々のために編集されている。
これらの巻で興味深いのは、代表的な戦いをエピソードとして取り上げ、その戦いの現場指揮官が解説を書いて、それに関わる写真映像が掲載されていることである。たとえば、ガダルカナル反攻をアレキサンダー・ヴァンデグリフト(当時、第1海兵師団長)、フィリピン海海戦(マリアナ沖海戦)を第5艦隊司令長官であったレイモンド・スプルーアンス海軍大将、1944年のクリスマスの「バルジの戦い」をベルギーでドイツ軍に包囲された第101空挺師団を臨時に指揮したアンソニー・マッカリフ陸軍少将が解説している。さらに日本ではほとんど知られることのない、中国で情報活動に従事したアメリカ海軍部隊まで、その指揮官であったミルトン・マイルズ海軍少将の解説とともに紹介されている。
総力戦としての第二次世界大戦は女性の社会進出を促進し、多くのアメリカ女性が軍務に従事したが、各軍の婦人部隊(海軍看護師、海軍婦人部隊、沿岸警備隊婦人部隊、陸軍婦人部隊等)の事績もこれらの巻で網羅されている。さらに、アメリカ軍の最高位の勲章である、議会名誉勲章の受賞者の一覧が、それぞれに掲載されているのも、シリーズ後半の愛国的な編集姿勢をうかがわせる。
本シリーズ全10巻は、世界戦争の時代の、そして「よい」記憶としての国民的経験を、さらには、こうした写真映像を通じてこの戦争を回顧し反芻していた当時のアメリカの人々の興趣を追体験できる、きわめて貴重な資料である。
(慶應義塾大学名誉教授 赤木完爾)
アティーナ・プレス刊「Pictorial History of the Second World War 写真で見る第二次世界大戦の経過とアメリカ軍の活動」刊行案内より転載
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