人文社会系研究

病気を「他人化」すること:過去のパンデミック発生時の外国人恐怖症

2020.09.23

病気を「他人化」すること:過去のパンデミックでの外国人恐怖症

COVID-19の世界規模でのパンデミックは、医療や保健の領域を超えた重要な問題を発生させ、世界的なウィルスにまつわる不安を人々が評価するための共通の枠組みとなってきた、人種的な恐怖や懸念の長い歴史を浮き彫りにしてきました。

国際的なニュースの見出しは、現在のパンデミックに関連した人種差別的な攻撃やヘイトクライムの増加について報道し続ける一方で、病気が引き起こす「他者」への恐怖の伝達は、COVID-19の流行に特有のものではないことを認めています。

サンディエゴ州立大学准教授(Community-Based Block Multicultural Counseling Program所属)兼アジア系アメリカ人心理学会副会長のNellie Tran博士は、「危機と恐怖の時代に、既に阻害された人々の集団がどのようにスケープゴートとされる傾向にあるかを我々が見るのに、歴史的な文脈がどのように役立つか」を説明しています。

新しい病原体に対峙している社会では、特にその病気の源が、不正確ではあっても、離れた場所と結びつく可能性がある場合に、特定の集団をスケープゴートとすることがしばしばみられます。

名前は意味をなさない

歴史的に人々は、病原体の命名において外国由来を強調してきました。「武漢」インフルエンザや「中国」ウィルス、コンゴ民主共和国の川の名にちなんだ「エボラ」ウィルス、病原菌がスペイン由来でないにも関わらず名づけられた「スペイン」風邪。居所から近いところに発生源がある病気に、これと同じ命名規則を適用することはめったにありません–HIVが発見されたのはニューヨーク市で、メシチリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が最初に流行したのはボストンでした。

勿論、このような考えは、明らかに不正確で、誤解を招きます。例えば「スペイン風邪」は、主に政治的な理由でスペインと関連づけられるようになったもので、H1N1ウィルスの発生源がスペインであったわけではありません。最近のCNNの記事が説明しているように、スペイン以外の国々は、第一次世界大戦の敵国に対して、味方の兵士が病気にかかっていたことを知られないように、この病気の流行のニュースを隠しました。戦争で中立国であったスペインはこのウィルスに関して報道規制をかけず、結果としてスペインでウィルスが発生したような誤った印象を植えつけることになりました。

特定の人々、場所、動物にちなんで病気を命名することが、恐怖を助長する戦略となりうる一方で、一般大衆に安心感を与えうることにもなります。王立内科医協会アーカイブ収録、1865年の新聞の切り抜きスクラップには、いかに病気が「野蛮な征服や中世の不衛生の時代に属していた」とみられてきたか、そして、それゆえに「我々の東洋の友人たちが「アジアコレラ」に抱かせたまさにその恐怖」が、どのようにこの恵まれ、啓蒙された地域におけるウィルスの存在を人々に疑わせたかを論じています。別の言い方をすれば、この途方もない未知の何かは、「ここ」ではなく「あそこ」でしか起こりえないものだったのです。

Book_of_newspaper_cuttings

Murchison, Charles. “Book of Newspaper Cuttings Re Fevers, Cholera, Plague, Cattle Plague Etc.” Murchison, Charles, 4–5 Apr. 1865.

今日の例では、コロナウィルスが「中国由来」であるのであれば、中国人は非難され、避けられるべきだ、というのは危険かつ非論理的な示唆です。同時に「他の人」のほうが自分たちより、より深刻な影響を受けるだろうという根拠のない安心感を生み出します。このことは、人種差別や組織的な不平等を助長させるだけでなく、直ちに予防措置や安全指針をとることを妨げることにもなりかねません。

政府の悪感情

そのため、歴史的には、外国人恐怖症や偏見によるレトリックを避けることは、権力者や集団にとって、微妙な線であり、しばしば妨げられてきました。1903年のインド政府によるペスト行政に関する規制は以下のように主張しています。「一般的な状況は、最近大きく変化しておらず、人々の感情、感受性、偏見と反するようないかなるペスト行政のシステムも効果的に実施することは絶望的であることは自明である。」

Regulations

Royal College of Physicians of London. “Regulations Issued by the Indian Government Re Plague.” Official Proceedings Of The Royal College Of Physicians Of London, 1897–1906

国際的(あるいは国内の)批判の可能性を避けるために、政府や権力者は歴史的にスケープゴートという方法を用いてきました。700年の歴史を記録したコレクションや一次資料を含む王立内科医協会のアーカイブほど、このことを広く例証するものはありません。例えば、国全体での家畜への予防接種の取組についての議論の際、1865年のイギリスの新聞は「適切な管理をしていれば、我々の海岸から1000マイル以内にくるはずがない外国の病気から家畜をまもるために、イギリスの農民が彼らの所有する家畜すべてに予防接種し続けることを期待できるだろうか。」また、1883年の書簡の中でも、政府官僚が、非常勤の医務官や検査官に対して「外国の病気が輸入された場合」の助けを求めています。

残念ながら、この「我々 vs 彼ら」という考え方は、世界のいたるところでみられます。インフルエンザ大流行に関する1920年の報告書では以下のように述べられています。「1918年5月から6月にかけてスペインを襲ったインフルエンザ大流行の第一波は、フランスからもたらされた感染によるものであると、スペイン当局は強く主張しています。一方フランス当局は、フランスはスペインから感染したと強く主張しています。」

pandemic of influenza

Newman, George. “Report on the Pandemic of Influenza, 1918-19.” RCP Library, H.M.S.O., 1920.

南カリフォルニア大学教授Natalia Molina(アメリカ史・アメリカ研究)は、2020年3月のVoxのインタビューで、リスクを誇張したり無力な人を煽ったりする誘惑と、伝染病への正当な懸念とのバランスをとらなければならない中で、政府がなすべき方法について言及しました。

「私たちは、特定の集団ではなく、行動や実践に焦点を当てる必要があります」とMolinaは強調します。「我々は、地理的な範囲について話す必要はありますが、人種や外見に基づいて特定の集団に対して病気を関連づけてはなりません―このことはなんの役にも立ちません。」

今日における外国人恐怖症との闘い

外国人恐怖症、スケープゴート、そして「他人化」は、歴史において常にパンデミックの際の誤った結果であり、何世紀も経過してからでさえ非難の傾向が持続していることは、特に驚くべきことです。

人種に対する我々の視点は、社会文化的な偏見によってゆがめられ、公衆衛生上の脅威に対する我々の受け止め方を枠にはめます。このことは、対象とされた集団にとって危険であると共に、我々が何度もみてきたように、病気の治療や根絶という観点からは全く役に立たないものです。

社会的不公正や不平等から外国人恐怖症や非難にいたるまで、現在の健康危機に対する議論好きな反応は、教育や人種・民族への理解を深めることの必要性を強調しています。

Wiley Digital Archivesに含まれる世界で最も影響力のある学術協会や大学電子アーカイブへのアクセスは、歴史上、パンデミックが歴史社会的、政治的、経済的に与えた影響を調査することを可能にします。

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(翻訳 紀伊國屋書店 書籍・データベース営業部)
(資料提供Wiley)