人文社会系研究

デイリー・メール小史~20世紀の英国を映し出すタブロイド新聞~

2019.12.12

19世紀後半のイギリスでは選挙権や初等教育機会の拡大と都市化の進展により、政治参加と社会的上昇の機会が与えられた大衆が新たな社会階層(下層中流階層)を形成しつつありました。しかし、これらの社会階層の関心に応える新聞は存在していませんでした。『ザ・タイムズ』に代表される既存の日刊紙は社会のエリート層向けのもので、大衆にとっては読みにくく、疎遠な存在でした。新しい新聞の登場が待たれていたのです。

「大衆紙」の誕生

1896年5月4日創刊号の紙面

この時代の空気を読み取ったのがアルフレッド・ハームズワース(後のノースクリフ卿)です。すでに雑誌の世界で新しい試みを展開していたハームズワースは日刊紙市場に参入、「忙しい人のための新聞」と銘打って、1896年『デイリー・メール』を創刊します。

知識や教養のない読者も読める平易で読みやすい新聞という新しい新聞像を打ち立て、政治欄と社説あってこその日刊紙という通念にはおかまいなく、大衆が関心を持つコンテンツを提供しました。また領土獲得を巡って列強各国が角逐する帝国主義の時代にあって、政治家が推進する帝国主義的な政策に大衆が加担するという現代的な政治状況が生まれる中で、『デイリー・メール』は排外的な世論を追い風に危機を煽り、戦争が起こる度に発行部数を伸ばし、『ザ・タイムズ』の発行部数が数万部程度に過ぎなかった時代に、一時は100万部を超えるほどのイギリス最大の新聞に登りつめます。

また、日刊紙は男性が読むものとされていた時代にあって、『デイリー・メール』は創刊以来、女性の読者を意識した紙面作りを展開しました。とはいえ、『デイリー・メール』が念頭に置いていたのは進歩的な女性ではなく、家庭を守る伝統的な価値観を持った女性です。これらの女性読者向けに女性ライターを起用し、住居、料理、裁縫の記事を掲載する一方で、女性参政権獲得のために闘う進歩的女性に対しては批判的な眼差しを注ぎました。

世界大戦を支えた大衆紙

第一次世界大戦は『デイリー・メール』の影響力が大きく発揮された時期です。後に「第一次世界大戦を予言した新聞」と言われるほど、戦前からドイツの脅威を煽り、ドイツを上回る戦艦の建造を主張した『デイリー・メール』は、戦争が勃発すると、戦意を発揚するためのキャンペーンを展開します。

社主みずから戦地に赴き、戦況を報告する記事を掲載、また軍の公式の新聞の地位を得て前線に新聞を届け、前線からは兵士の書簡を集め、兵士をニュースソースとして使うという画期的な手法を用いて、前線と銃後の一体感を演出します。さらに、クリミア戦争の時に『ザ・タイムズ』が軍の杜撰な作戦を暴き政権を崩壊に追い込んだメディアと政治の攻防劇を再演するかのように、砲弾問題を巡って政権批判を展開、アスキス内閣に退陣を促します。後任のロイド=ジョージ内閣では社主のノースクリフ卿がプロパガンダ指揮官に就任、『デイリー・エクスプレス』社主ビーヴァーブルック卿の情報大臣就任とともに、新聞王が政権に参画する時代の到来を告げます。

ファシズムへの支持がもたらした低迷期

1933年10月19日号掲載のヒトラーへのインタビュー記事

ノースクリフ卿の死後、弟のハロルド(ロザミア卿)の時代に『デイリー・メール』の政治的スタンスは大きく右方向に旋回します。ムッソリーニやヒットラーらのファシズムを支持し、彼らへの独占インタビューを行なう一方で、新生ソ連をバックに左派勢力が台頭する中、ソ連とイギリス国内の左派勢力の結託を示すジノヴィエフ書簡(偽造説が有力)を総選挙の最中に暴露し、政権を獲得したばかりの労働党を敗北に追い込みます。

ただこの政治スタンスも、第二次世界大戦でイギリスがファシズム陣営と戦う状況の中では後退せざるをえず、ファシズムを支持した過去は後々まで尾を引き、しばらく低迷の時代を迎えます。加えて戦後には、揺籠から墓場までの福祉国家の時代が到来、家族と伝統の価値を重視し社会福祉の拡充に批判的な『デイリー・メール』の影は一層薄くならざるを得ません。

庶民に寄り添った新聞の復活

しかし、経済が減速し福祉国家体制に対する批判が一定の政治勢力になる1970年代、低迷が続いた『デイリー・メール』に復活の兆しが見え始めます。復活の立役者になったのがデイヴィッド・イングリッシュ編集長でした。イングリッシュ編集長の下、『デイリー・メール』は「ミドル・イングランド」のスローガンを掲げ、女性向け記事を拡充するなど、創刊の原点に戻って紙面を刷新します。

また、マーガレット・サッチャーを見出し、積極的にコミットし始めるのも同じ頃です。1975年の保守党党首選では下馬評の低かったサッチャーを支持、以後、保守党党首から首相時代までサッチャーを全面的に支援します。庶民の家に生まれ、保守的な価値観を持ち、労働党や労働組合に敵対的で、女性であるサッチャーは、『デイリー・メール』にとってその価値観を完璧に体現した政治家でした。

マーガレット・サッチャー(1925-2013)

イングリッシュの後任として編集長に就任したポール・デイカーの時代には、冷戦後の新しい国際情勢の下、国民のテロリズムに対する不安と欧州連合に対する懐疑的心情を捉え、EU 残留か離脱かが争われた2016年の国民投票では離脱を支持、離脱派優勢に向けた世論形成に大きな影響を及ぼしました。

「普通の人々」を映してきた新聞の現在

現在『デイリー・メール』は、イギリスの新聞の中では大衆紙『サン』に次ぐ発行部数を維持しています。オンライン版の『メール・オンライン』はイギリスで最もアクセス数の多いニュースサイトとして人気を博し、インターネットの時代にあって新聞各紙が苦境に陥る中、オンライン版の収益が経営を支える構造を維持しています。

『デイリー・メール』はこれまで研究資料としては『ザ・タイムズ』等の陰に隠れ、軽視されてきました。しかしイギリスのメディアと社会に大きな影響を及ぼしてきたその歴史を考えれば、この軽視は不当なものであったと言わざるを得ません。現実政治においてポピュリズムが先進諸国を席巻し、学問の世界では社会史以降、普通の人々の営みが考察されるようになった今、『デイリー・メール』の歴史は現代社会を読み解くうえで大きな手掛かりを与えてくれるでしょう。

1998年9月1日号(ダイアナ妃の死の翌日に発行された一面)

センゲージ ラーニング社Galeの“Daily Mail Historical Archive”データベースでは、イギリスの新聞『デイリー・メール』の創刊号から2004 年までの記事を電子化、原紙のイメージを忠実に再現し、フルテキスト検索を実現しました。本紙に加え、戦間期の1923 年から1931 年まで大西洋の定期船に乗船する富裕層向けに船内で印刷・発行され、現在完全な形で入手するのが極めて困難である『大西洋版(Atlantic Edition)』も収録されています。

(センゲージ ラーニング株式会社)

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